ACT.1-5 貧乳リベンジ

 始業式がやってきた。

 北多学園にとって、この始業式は特別な日。

 創設三年のこの学園において、史上初めて三学年が揃う記念すべき日なのである。

 嫌がらせが目的であれば、この日を外すことはないだろう。


 その予想は、正しかった。


巨乳ボイン獣だ!」


 見れば、忘れもしない兎耳の怪人。巨乳ボイン獣プルンK7に違いあるまい。

 人間離れした跳躍で天井まで到達すると、あの通信機器を設置する。


〈ハッハッハ! けしからん名前の学園がまだ存続していると聞いてやってきマシたよ〉

〈我が巨乳ボイン獣に蹂躙されながら、巨乳の素晴らしさを学ぶがよい!〉


 早速、理不尽なことをぬかすプレジデントKとプロフェッサーπの声が響く。


「ようやく三学年揃ってこれからだっていうのに……だーれがそんな理不尽な嫌がらせに屈するものですかっ!」


貧乳ぺた学園長は黙ってればいいのデーーーーーース! ワタシ達はのんびりと巨乳の力を見せ付けてあげマーーーーーーース〉


 その宣言と共に、会場内を跳ね回り始める巨乳ボイン獣。

 跳躍につれて柔らかくも重量感をもって揺れる胸に、皆の視線が集まる。


「やっぱり、まぁた来やがったわね……」


 千沙菜は不敵な笑みを浮かべる。

 今こそ、リベンジのとき。


 このときに備え、PETAの粋を集めた巨乳ボイン獣迎撃準備は整っていた。


「ち、ちぃちゃん……ダメだよぉ。入学式で手も足も出なかったじゃない」


 そんなやる気満々の千沙菜を不安げに見つめながら、合歓子は窘める。


「え、と……」


 親友の心遣いを有り難く思いつつも、迎撃のためにはどうにか誤魔化して始業式を抜け出さねばならない。どうしたものか、慌てて考えを巡らし、


「あ、そ、そう、ちょっと前のこと思い出して気分が悪いから保健室行ってくるね」


 と、ほとんど棒読みで口にする。千沙菜、嘘は苦手だった。


「え! 大丈夫? それなら付き添うよぉ」


 でも、そんな嘘でも幼馴染みは心配してくれる。

 心苦しいが、ここは意志を強く持たないと。


「大丈夫大丈夫!」

「え、大丈夫じゃないから保健室行くんじゃないのぉ?」

「だ、大丈夫そうで大丈夫じゃないでも少し大丈夫なんで大丈夫! だから一人で行くかんね!」

「あ、ちょっと……」


 千沙菜は、半ば強引に合歓子を振り切って講堂から駆け出す。

 そのままノンストップで保健室へ飛び込むと、知香が出迎えてくれた。


「いよいよね」


 知香と二人隠し通路に入り、研究所へ。

 そこでは、始業式をサボって静真が待機していた。


「来たか。最終調整も済んでいる。準備は万端だ!」


 知香と共に研究所を訪れた千沙菜を、興奮気味の静真が白衣を翻して出迎える。


「うん! リベンジしてやるかんねっ!」


 千沙菜もノリよく返すと、そのまま研究所の奥に並ぶ扉の一つを開く。

 そこには、千沙菜の身体データに基づいて誂えられた、一着のコスチューム。


 入学式から始業式までの短い期間でPETAの技術の粋を集めて開発された、いうなればパワードスーツだ。


 白を基調とした、全身を覆う長袖レオタード状のコスチュームとストッキング。

 その上に、ブルーのグローブとブーツ。

 頭部は白いヘルメット。

 後部が突き出た流線型で、そこに団子にした三つ編みが収まるようになっている。

 目元は黒いバイザーになっており、下部は解放されている。

 その解放された口元は、首元から繋がった白布で覆う。

 正体を隠すのはお約束、ということで素顔は解らないようになっているのだ。

 そして、胸元のアクセント。

 そこにはアシンメトリーな図形がブルーのラインで描かれていた。

 膨らみのない胸部がここだと強調するように、楕円形の太いラインがある。

 楕円の向かって左側に接する形で、腰の辺りまで縦にラインが走っている。

 それは、正面から見るとアルファベットの『P』に見える。


「PETAと貧乳ペタとが一つになって、胸に輝くPマークがデザインのポイントだ」


 というのが静真の談。

 ツッコミどころであり実際にツッコんだが、このスーツで得られる力は何者にも代え難い。千沙菜はそのデザインを受け入れる外なかった。


 力を前にして、千沙菜はためらわずに全裸になる。

 PETAは素肌に触れている必要があるからだ。

 いそいそと、PETAスーツに身を包む。


 途端に漲る力。


〈ぶっつけ本番だが、大丈夫か?〉


 準備が整ったところで、ヘルメットに内蔵されている通信機をONにすると、気遣わしげな静真の声が聞こえる。


「大丈夫! 問題ナッシング! 力が漲ってます!」

〈よし、それならいい。では、『ペタバイト』初出動だっ!〉

「って、何ですか、そのまんまな名前は!」

〈うむ、やはりこういうのは名前が必要だろう? PETAを用いたバイトだから『ペタバイト』だっ!〉

「PETAの時点で解ってたけど、やっぱりネーミングセンスおかしい!」

〈シンプル・イズ・ベストだっ!〉

「それで何でも許されると思ってんなっ!」

〈じゃぁ、何かいい代案があるとでも言うのかい? それなら撤回もやぶさかではないが……〉

「え? そ、それは……」


 ツッコミに素で返されて、言葉に詰まる。人のことを言えるほど千沙菜にネーミングセンスがある訳でもなし。


〈それなら、『ペタバイト』でいいだろう? テラバイトの上を行っていて何かそこはかとなく強そうだしね〉

「アバウトですね! ああもう『ペタバイト』でいいです! 契約書に守秘義務ってのもあったから、まさか本名名乗って正体バラす訳にもいかんし、何かしら名前がないと名乗り上げができないかんねっ!」

〈よし、では講堂へ向かおう。講堂付近に出る通路は5番だ!〉

「って、保健室以外にも繋がってるんですか、ここ?」

〈出入り口が一箇所だけでは何かあったら閉じ込められかねないからね。それに、秘密基地めいた研究所なら、それぐらいはあって当たり前だろう?〉

「確かに、その通りですね。遠慮なく使わせて貰いますっ!」


 言うや、部屋の更に奥にある『5』と書かれた扉を開く。

 その先に続くコンクリートで固められた地下道を、PETAによって身体能力の高まった千沙菜は人間の限界を超えた速度で駆け抜ける。


 通路を抜けると、そこは講堂の側の桜並木だった。

 舞い降りる花びらの中、そのままの勢いで講堂に駆け込む。


 バンッ、と勢いよく観音開きの扉を開くと、講堂内の視線が集まる。

 千沙菜=ペタバイトは、初出動の高揚感に任せ、高らかに名乗り上げる。


「この身に秘めた力もて、学園護る正義の使者っ!」


 顔の前で拳を握った両手をクロスさせ、


「ペタバイトッ、推っ参っっっ!」


 言葉と共に力強く肘を腰まで引いて平坦な胸を張り、ポーズを決める。


「始業式を荒らす巨乳ボイン獣なんて、蹴散らしてやるかんね!」


 勢いよく右手を付きだし、宣言する。

 叫び慣れているだけに、その声は講堂の隅々まで響き渡った。


〈何デスか何デスか、その不愉快な名前は!〉

〈ああ、なんという見たままの安直なネーミングだ……その上、まるで貧乳ペタを象徴するかのような胸に輝くPマーク! けしからん!〉


 名乗り上げをした途端、TKB団の幹部から不快げな声が上がる。


〈うあっ! やっぱりネーミングにツッコまれた!〉

〈恥じることはない! 言いたい奴には言わせておけばいい。そんなコンプレックスを覆すためのPETAだ! 君の貧乳才能を見せ付けてやればいい!〉


 契約書にサインした時点で己の貧乳才能を使う覚悟を決めていたつもりだったが、それでも、貧乳への拭えぬコンプレックスは未だ心にくすぶっている。


 千沙菜は一度深呼吸し、


〈ええぃ解りました! この憤り、とりあえず目の前の巨乳ボイン獣にぶつけますっ!〉


 強く宣言することで、ネガティブな想いを吹き散らす。


〈ふん、貧乳ごときに何ができる? 巨乳ボイン獣プルンK7よ! ペタバイトなど恐るるに足らず。やってしまうがよい!〉


 プロフェッサーπの号令と共に、壇上で巨乳アピールのためか何食わぬ顔で縄跳びを続けて乳を盛大に揺らしていた巨乳ボイン獣が、座席の間を跳ね回りながらペタバイトに向かってくると、飛び跳ねた勢いのまま蹴りを放ってくる。


「おりゃ!」


 ペタバイトは、その蹴りを両手をクロスさせて難なく受け止める。


〈貧乳ごときが巨乳ボイン獣の蹴りを受け止めただと!〉


 プロフェッサーπが驚愕の声を上げる。


「うっさい! あんたらが馬鹿にする貧乳の力、見せたげるかんね!」


 言いながら、クロスさせた両手を前に開いて蹴りを押し戻そうとする。


 巨乳ボイン獣はそれより一瞬早く、その両手を足場にバク転し、間合いを取る。


 着地と同時、その反動を利用して拳をペタバイトに向かって繰り出す。


 ペタバイトは空振りした両手を戻すのが間に合わず、前のめりに体勢を崩す。


 が、前のめりの勢いを利用して頭突きを繰り出し、ヘルメットで拳を受ける。


 相当の力の籠もった拳だったが、頭突きの勢いで相殺することに成功した。


「ふん、巨乳ボイン獣如きの拳、このペタバイトには効かないかんねっ!」


 ヘルメットも無傷でダメージはゼロ。入学式のときとは大違いだ。


 期待通りにPETAの力で巨乳ボイン獣に対抗できていることが実感できて、否応なく気持ちが高まっていく。


 勢いに乗って、今度はペタバイトが攻撃に転じる。

「にゃろ! ちょこまかと」


 だが、兎を意識してかやたらと跳躍する巨乳ボイン獣に、中々ダメージを与えることができない。追いかけても追いかけてもすばしっこく逃げられるのだ。


 一方で、巨乳ボイン獣も隙を見ては蹴りや拳を繰り出してくるが、それらをペタバイトは全て受け切ってダメージもない。


「このままじゃ埒が開かないか……」


 幾ら対抗できるだけの力があっても、これでは千日手。何かしら決定打が必要だ。

 可能なら一撃必殺が理想だが、生半なダメージでは難しいだろう。


 千沙菜はかつて井伊野流実戦護身術道場で学んだことを思い出す。

 『井伊野流実戦護身術』に反則はない。

 極論すれば、『弱きが強きを手段を選ばずに無力化する』というのがその真骨頂。

 目つぶし、金的当たり前。

 だが、マスクが邪魔で目つぶしは難しいだろう。

 金的も、男性に対するに比して、女性には効果が薄い。


――だが、女性には攻めるべき心理がある!


 巨乳ボイン獣の力がPETAと同種のBOINの力なら、その中枢は胸部。


 それなら、一石二鳥だ。


「やったろうじゃない……あんたが引き裂いた入学式の横断幕のようにっ!」


 ペタバイトは跳ね回る巨乳ボイン獣を引き付けるように、舞台に向かう。

 学園長が、その様子を見て舞台から袖に退避した。

 ペタバイトは入れ替わりに舞台に上り、仁王立ち。

 巨乳ボイン獣はそこへ向かって蹴りを放つ。

 ペタバイトはそれをブロックせず、紙一重で躱す。

 着地した巨乳ボイン獣の背後を素早く取って手を伸ばす。

 バックドロップをするような体勢。

 だが、その手は相手の腰ではなく身長差で頭の位置ぐらいにきている胸に。

 ペタバイトにはないその膨らみを、背後からガッチリ鷲掴みにする。


「あ、あぁん……」


 巨乳ボイン獣が悩ましい声を上げるが、そんなのは気にしない。

 乳揉みは合歓子相手に手慣れている。それぐらいで怯みはしないのだ。


「そんなに見せびらかしたいんなら、衆目に晒せばいいかんねっ!」


 学園を荒らされた怒りと、度重なる貧乳への侮蔑に対する怨嗟と、そのサイズへのやっかみ。


 その全てを鷲掴む両の手に込め、高らかに叫ぶ。


「BOIーーーーーーーーN断裂破壊掌クラッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっッッッ!」


 説明しよう!

 『BOIN断裂破壊掌クラッシャー』とは、巨乳を掌で掴み、それを包むBOINを引き裂き破壊する必殺技である!

 BOINとは巨乳を覆う『生命の糸セフィロト』で編んだ布!

 BOINを破壊するとは、即ち巨乳を覆う布を引き裂くということ!

 ……後はわかるな?


 即興で思い付いた必殺技の脳内解説も交えつつ。

 胸を鷲掴んだ手を、そのまま左右に開く。


 まるで、乳をもぐように。


――ポロリ。


「綺麗に出たわね」


 ペタバイトの手でBOINを引き裂かれ、何も覆うもののなくなった豊かな膨らみが、舞台上で衆目に晒されていた。


「い、いやぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 巨乳ボイン獣は悲鳴を上げながら、両手で胸を隠して走り去る。

 そう、女性に対して攻めるべきは『羞恥心』。

 着衣を乱してやることで戦意を削ぐことが可能だ。しかも、それがBOINの破壊へと繋がるのだから、正に一石二鳥。


 巨乳ボイン獣を倒す一撃必殺の技に、これ以上相応しいものはないだろう。


〈わ、我輩の巨乳ボイン獣を辱めるとは……これで勝ったと思うなよ!〉

〈ク、クレイジーデーーーーーーース! なんてけしからんことをするのデスか! 今日のところはこれで引かせて貰いますが、必ずまたやってきマーーーーーーース!〉


 プレジデントKとプロフェッサーπが捨て台詞を吐いた所で、軽い爆発音。

 見ると、天井に設置された器具から煙が出ていた。


「証拠隠滅って訳ね……まぁ、いっか」


 そして、締めに入る。


貧乳よく巨乳を制すっ! 巨乳ボイン獣など恐るるに足らずっ! このペタバイトある限り、北多学園の平和は乱させはしないっっっ!」


 勝利の勢いに任せて即興の決め台詞を叫ぶと、講堂のそこここから喝采の声や拍手が上がる。


 護れたのだ。

 誇りを取り戻せたのだ。


 湧き上がる歓喜を胸に、ペタバイトこと千沙菜は悠々と講堂を後にした。


  ※


「あれって、入学式で巨乳ボイン獣に立ち向かった音無さんだよね?」

「うん、あの体型、そうそう間違えないわ」

「でも『ペタバイト』とか名乗ってるってことは、正体バレて欲しくないんだろうな」

「それなら、気付かない振りをするのが俺達ができる感謝の表明だろう」

「そうね」


 講堂を後にしたペタバイトに対し、一年生に端を発して、やがては全校生徒の間にそんなやりとりが広がっていったことを、千沙菜は知らない。


  ※


 始業式が再開された頃、千沙菜は制服姿に戻って講堂へと帰還していた。


「もう大丈夫なの?」

「う、うん。やっぱり大丈夫だったから! そ、それで巨乳ボイン獣はどうなったの?」

「えっと……『ペタバイト』っていう正義の味方が現れてやっつけてくれたんだよぉ」

「そっか、それはよかった。ああミタカッタナァ、ペタバイト」


 しらじらしく合歓子の言葉に応じ、改めて再開された学園長の言葉に耳を傾ける。


 こうして、新生活と共に、学園を護る千沙菜の戦いの日々が幕を開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る