都市伝説のメリーさんは、いつもノルマに追われている。

酉茶屋

一章・住居不法侵入者

第1話・住居不法侵入者



 都市伝説――近代、あるいは現代に広がったとされる口承の一種。

 口承される噂話のうち、現代発祥のもので、根拠が曖昧・不明であるもの。

 また、実際に存在しない可能性が高い人間が遭遇し体験したという、虚構の物語が噂話となったもの。


 メリーさんの電話――怪人系都市伝説の中でメジャーな存在。

 捨てられた人形が、捨てた持ち主に復讐をしにくる話。

 最後の電話がかかってきたあと、持ち主がどうなったのか語られることはない。


 Wikipedia・大辞林より一部引用。


■□■□■


 その電話は、突如としてかかってくる。


「私メリーさん。今××にいるの」

「私メリーさん。今××にいるの」


 二回目以降の内容は少し違う。明らかに家に近づいている場所からだった。

 そしてまた、電話がかかってくる。


「私メリーさん。今、玄関の前にいるの」


 受話器を握りながら、視線を玄関へと向ける。物音はしない、明りとりの曇りガラスに映る人影もなかった。

 そうだ、ただのいたずらだろう。きっとドアの向こうには誰もいない。開けてみればほら、誰もいないじゃないか。

 ほっとして扉を閉めたそのとき、


「私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


 その声は、真後ろから聞こえてきた――。


■□■□■


「私メリーさん。今、あなたの家にいるの」


 玄関を開けたら、そこに金髪の少女が立っていた。

 トンネルを抜けたらそこは雪国だった。的な川端康成の一文のごとく、さもいるのが当たり前のように、少女はそこに存在していた。実際にはトンネルではなく玄関のドアを抜けたら、になるが。

 青年は真っ黒な瞳をいぶかしげに細め、目の前にいる、この存在感の有り余る少女を見る。


 不敵な笑みを浮かべ青年を見ているのは、十代ぐらいの幼い顔の少女。白い丸襟に赤いリボンのついた、薄いピンク色のワンピース。ふわりと広がるスカートと、揺れるセミロングの金髪は、等身大のフランス人形のようだった。まるでどこかの物語の少女が、抜け出してきたような錯覚さえ覚える。

 もっとも、そんな少女がなぜ、自分の家に住居不法侵入しているのかが、青年にはまったく理解できないが。


「出てってもらえます? ここ、俺の家なんで」


 出て行かないなら、未成年の深夜徘徊として警察に引取りに来てもらおう。外国人っぽいようだが日本語は話せるみたいだし、お巡りさんも会話に困らないはずだ。

 式の進行、喪主と親族の修羅場の仲裁。やたら神経の方を使った一日の終わりに、なぜにこんな事体が起きているのかはなはだ疑問に思う。神経の使いすぎで、頭が疲れているのだろうか? だからこんな幻覚でも見ているのだろうか?

 出来ることなら騒ぎ立てずに追い出して、さっさとこの真っ黒スーツを脱ぎたいのだ。青年は真っ黒な短い髪に手を入れて、どうしたものかと頭を掻く。


 友人のヘルプで遠出し、帰宅に電車の鈍行に揺られ一時間と少し。眠気にうつらうつらとしながら、ほどよく混雑した電車を降り、割引シールが目立つ惣菜が並ぶスーパーに寄って夕食を買い、よく顔を合わせるレジのお姉さんの笑顔にこっそり癒されながら帰路についた。

 そして自宅でもある築年数の経った賃貸アパートについて、玄関を開けたら金髪少女が仁王立ちで突っ立っている。

 ……これが幻覚だとしたら、疲れすぎにもほどがある。


「そもそも君、未成年でしょ? こんな時間まで出歩いてたら、親御さんが心配するでしょが」


 こころなしか頭痛がしてきた頭を振って、考えを切り替える。玄関の鍵は確かにかかっていた、部屋を出るときも、帰るときも鍵はきちんと回したのだから。

 よってこの少女は、立派な住居不法侵入者である。


「私メリーさん、今あなたの目の前にいるの」

「君ね、ふざけてる場合じゃないよ。早く出て行かないなら、警察呼ぶことになるんだよ」


 ……妙な遊びが流行っているもんだ。都市伝説のメリーさんごっこ、あまり愉快な感じがしない。

 ちょくちょく都市伝説がブームになっているが、こんな遊びはちょっとしたいと思わない。確かに目の前の少女は、一般的なメリーさん像に見事にマッチしているが……。いったい誰に乗せられてこんなことを始めたのか。

 というか少女よ、君はそれでいいのか? たぶん数年後には立派な黒歴史となっているぞ。


「ね、ねえ。私メリーさんなんだけど、あなた私が来る心当たりないの?」


 自称メリーさんは、恐る恐る青年に問いかけてきた。


「まったくもって欠片もありませんが。自称メリーさんから電話もきてないし」

「くっ、この私が自称と言われた……!」


 よくわからないが、目の前の少女は自称と言われるのが嫌らしい。

 流行に乗ってスマホにしたがまったく馴染めず、仕方なくガラホにした携帯をポケットから取り出す。二つ折りの携帯を開いてみるが、それらしい着信はない。


「ちょっと確認したいんだけど、あなた42号棟20号室の山本孝之よね?」

「それ隣の部屋。ここ4219よんにいいちきゅう、俺は鏑木和真」

「なっ――!? 4219って事故物件じゃない! あなた事故物件に住んでるの!? 信じらんない!」

「余計なお世話だ! 安いんだからいいんだよ!」


 愕然とした表情をワザとらしい咳払いで直すと、自称メリーさんは無言で隣の部屋の前へと移動し、ぶどうのマークがキラリと光るスマホを取り出した。

 どうやら自称メリーさんは、家電に強いらしい。確かに、携帯が使えないと移動しながらターゲットに連絡はできないだろう。


「私メリーさん、今あなたの家の――」

「なんだ、部屋間違えただけか」


 自称メリーさんの奇妙な行動を、和真はドアを閉めながら見たのだった。


 ――だった。

 と、これで自称メリーさんとは終わりだと思っていた、数分前の自分を激しく殴りたくなってくる和真なのであった。


「あの、自称メリーさん。なぜにあなたは俺の家のリビングに、座ってらっしゃるのでしょうか?」


 玄関の扉を閉め、鞄をソファーに放り投げ、コートを脱いで、ネクタイを外したところで、リビングにあの自称メリーさんな金髪少女が現れたのだ。


「私メリーさん。今あなたの家のリビングにいるの」

「んなことは分ってる。どうやって侵入してきた! 不法侵入者! てか、用があるのは隣の家だろが!」


 指をさされながら言われた和真の一言に、自称メリーさんはふふんと笑う。


「メリーさんに壁をすり抜ける力はないわ。開いてる隙間から入ってきただけよ。戸締りはきちんとすべきね」

「なん……だと……。帰宅したばかりなのに、開いている隙間なんて――」

「台所。より正確に言うなら換気扇。スイッチ入ってなくても、フタさえ開いていればその隙間から入れるわ」


 思わず換気扇を見る。あんな子供ですら通れない直径20センチ程度の空間、まして羽根が付いている場所から入ってくるとか、もはや人間業ではない。


「……蛸かよ」

「誰が蛸ですって!?」


 超人的速度で目の前にやってきたフランス人形バリの少女に、和真はおもいっきり殴られた。


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