第6話




「あ゛ーーーーーもおっっ!! イライラするったらないわよね全くっっ!!」



 …と突然、そんな苛立ちを抑えきれない声モロ出しで叫んで、月乃つきのがキレた。

 相も変わらず延々と繰り出されてくる攻撃に辟易し、もうホントいい加減コレいつまで続くんだろうなオイ…と、そろそろ俺も遙か遠くに想いを馳せつつゲンナリウンザリしてきていた、ってゆー矢先のこと。

 一方ヤツはヤツで、いつまでたっても繰り出す攻撃が一度たりともマトモに入らないことに、だいぶ業を煮やしてきてた頃合、だったんだろう。

 当然である。――俺だって精一杯必死でけてんだからなっ!

 ヤツが攻撃の手を止めない以上……コッチも反撃が出来ないなら出来ないなりに、もう延々と避け続けるしか方法が無いだろうが。



「だから何なのよアンタは!! チョロチョロチョロチョロ、逃げ回るだけ逃げ回りくさってからに……いい加減、大人しくやられなさいよ!!」



 ――『いい加減』にして欲しいのはコッチの方だっつーの。

 軽くナニゴトでもないように「やなこった!」と返しながらも、内心コッソリと深い深いタメ息を吐く。

 本当に……もう、いい加減にして欲しい。

 幾ら、遙か遠くへとこの想いを馳せてみたところで……馳せさせ過ぎたか一周してまた自分に戻ってくる始末だっつのさ。

 ようするに、俺の方こそ、この捌け口のない鬱憤を溜め込み過ぎたやるせなさのあまり苛々もしてこようってなモンである。



 ――てゆーか……ここまで凶暴なクセに、こうやって男のナリまでしてやがるクセに……なんでコイツは女なんだよよりにもよって!



 つまり、それに尽きるんだよそもそもは。

 テメエが女じゃなかったら今頃半殺しだぞコノヤロウ……!!

 …いや、“半殺し”じゃー足りねーな。

 この今の俺のやるせなさと鬱憤たまってます具合には、もはや“半殺し”程度じゃー、到底、足りない。

“2/3殺し”…いやいや、“3/4殺し”くらいは、軽くやっちまうだろうな今の俺なら。



 ――って、ここまで俺が凶悪な気分になってるってーのに……だから、どうしてコイツは女なんだよホントに!!



「テメエごときに、何でそー俺が易々とやられてやんなきゃなんねーんだよ、っつーの!」

「なんですってェ……!? 言わせておけば……キサマ、ぜってーブッ潰す!!」



 その“凶悪な気分”の片鱗を、ついウッカリ口から出してしまうたびに……いったい何度こうやって“ふりだし”に戻ったことだろう。――学習しろよ、俺。



 ともあれ……そんなこんなで、そうこうしているうちに。

 攻撃を仕掛けてくる側の月乃の息が、軽く上がってきているのが分かった。

 同様に、それを避け続けている側の俺だって、そろそろ疲れも出てくる頃であり。

 誰か、通行人でも通りがかって止めてくんねーかな…などと一縷の望みを抱いてみるも、――こういう時に限って誰も通りがかってくれやがりゃしねえし。

 通りがかっただけの何の関係も無い善良な一般市民が怪訝な視線でも向けてさえくれれば、コイツだって、少しは攻撃の手を止めて我に返るよーなことだってあったかもしれないのにさ。

 それもこれも……キッチリ話付けるつもりで普段から人通りの無い場所に立ち止まっちまった己のナイス判断を、悔やむぜチクショウッッ……!!



「――だから……ホント、もう、イライラするッッ……!!」



 もう何度目になるだろうか。攻撃の合間の突然のブチキレを披露した苛立ち度合いMAXな月乃が。

 まるで呻くようにそう叫ぶなり、今度こそ、その手足を同時にパッタリと止めてくれた。

 …ようやく収まってくれたか。

 軽くホッとして、俺は改めて月乃を見やる。

 攻撃の手は止めてくれたものの……でもヤツはまだ、今しも掴みかかって来んばかりの、まるで触れたら喰い千切られそうな獰猛さを宿した攻撃的な瞳のまま、吊り上げた目で俺を真っ直ぐに睨み付けていた。

 その突き刺さる視線は、目の前に親のカタキでも見ているかのような鋭さを持って、俺を射貫く。

「なんでこんなヤツが……!!」

 俺を睨み付け見据えたまま、軽く弾んだ息と共に呟くかの如く吐き出される言葉。

「なんでアンタみたいなヤツに……!! なんで雪也ゆきやがこんなヤツを……!!」

「はあ……? なに言ってんのオマエ?」

 謂われも無い攻撃の次は、ワケも分からないタワゴトかよ。

 ――ホントに……だからもう、この辺りでいい加減にしといてくれないものだろうか。

「アンタみたいな男なんて……いくら雪也が認めても、アタシは絶対に認めないっ……!!」

「別に『認めて』なんてもらわなくてもいいけどよ……てか、だからテメエは何が言いたいんだよ? 一人で勝手にワケも分からないことばっか言いやがって」

 相手の言わんとしていることが解らない…ってことは、ハッキリと俺の苛立ちに直結する。

 それに……黙って聞いてれば、その言い方も腹が立つじゃねーか。

「おまけに、さっきから“俺『みたいな』ヤツ”って、何度も何度も……だからオマエは、俺の何を知ってるっつーんだっての」

 大して親しくもない人間から“俺”という人格を勝手に決め付けられるのなんて、ウンザリだ。

 ――人間は、すぐ他人の“枠”を決め付けたがる。

 解ってはいても、俺にはそれが不愉快でならない。

『認める』だの『認めない』だのと……、――なんだよ、それ?

 俺の“らしさ”というものを決め付けるも決め付けないも、それが出来るのは俺自身だけだ。

 それについては誰に指図される謂われも無い。

 月乃へ返す言葉を紡ぎながら……苛々と軽くささくれ立ってくる神経を押さえ付けた。

 でも、言葉だけが止まらない。

 止められず、孕んだ苛々を載せて尚も流れるように紡がれてゆく。

「オマエにとって俺の何が気に食わないのかは知らねーけどなあ? でも、そんなん“お互い様”だろうが」

 こっちだって、コイツ『みたいな』およそ女らしくない女など、ハナっから願い下げである。

 てか、そもそも“それ以前”の問題じゃねえ? ――初対面でいきなりケンカふっかけてくるような相手に対して、どう好意を持てばいいってーんだよコンチクショウ!

「初対面の相手を互いで“気に食わない”って思うんなら、話は早いじゃねえか。ここは、お互い賢く、必要以上の干渉は避けるとしようぜ? だからアンタも、これ以上もう俺に付きまとって来ねーことだな」

 言ってみればこんなにも簡単なことだ。これこそ、お互い気分も害すこと無く円満に済む。――顔を合わせない、っていう、それだけで。

「これまでの何やかやで解っただろ? このまま互いのツラ突き合わせてたところで……残念なことに俺たち、どう頑張っても合いそうにも無いしな」

 言いながら俺は踵を返し、放り投げて地面に落としたままだった自分のカバンを、ここでようやく拾い上げた。

 そして再び、肩越しにヤツを振り返る。

「じゃ、そういうことだから。オマエからも兄貴に言っといてくれ。――これ以上、俺を〈会長〉にするなんて寝ボケたこと言ってんじゃねーぞ、ってな」

「…………」

 俺がそれを告げても、しかし月乃は何も返してこず。おまけに、その場から微動だにもしなかった。

 あくまでも、相変わらずの視線で俺の顔を穴が開くほどギッと睨み付け続けたままでいて……、

 ――ふいに何の前触れも無く、おもむろに呟く。



「…だから何度も言ってんだよ、キサマは『最低男』だって―――!」



 ぞ く り。――― 一瞬にして全身を鳥肌が駆け抜けた…ような気がした。



 月乃の無言の態度に、ようやくこれで全てが終わった…と軽く安堵した俺が、そのまま立ち去ろうとヤツに背を向けるべく再び振り返ろうとしていた、――まさにその時、その瞬間のこと。

 投げ掛けられた、“これ以上はありえない!”ってーくらいの、まさしく地獄の底深く最底辺もイイトコから這い上がってくるかのように響いてくる低い声に。

 だから俺は……そこでまた、自覚ナシにウッカリこいつの“地雷”を踏んでしまっていたことに、今ようやく気が付かされたのである。

 今しがたまでのやりとりの中の、今度は一体なにが“地雷”であったのか。…そんなこた知らねーけど。



 でも、だって……、―――さっきとパターン一緒じゃねえコレ……!!?



 気付いた途端、ツッと背筋が硬直した。まるで背中にピシッと一本の棒を立てられたみたいに。

 肩越しに軽く振り返っていた姿勢のまま、もはやピクリとも動けない。

 さっきは、こうやって次に、間髪入れずヤツの鉄拳が繰り出されてきたのだ。今度は蹴りが来るか拳が来るか鬼が出るか蛇が出るか……という状態を目前にして、果たして動けようハズもない。

 コメカミを一筋、静かに冷たい汗が頬を伝う。

 少しでも動いたら、それまでだ。

 ――目を逸らしたら負ける……!!

 それが一瞬でもアウト。確実にもってかれる命ごと。――グッバイ俺の人生、さらば青春の光。そしてウエルカム走馬灯。



 そのくらい……そう言ってコチラを睨み付け続ける月乃の瞳は、本当に凄まじかったのだ。

“気迫”というか、“迫力”というか……というより“怒りのオーラ”とでも呼ぶべきか? ――つか、平たく言えば、もはや“殺気”。

 パターンこそ先刻と同じようなものの……その纏う雰囲気は、先刻の比ではない。

 それだけに読めない。ヤツから繰り出されるであろう“次の手”が。

 今度は蹴りが来るか拳が来るか…なんていうレベルじゃない、もうこれは。

 それこそ鬼とか蛇とか得体の知れない何かを繰り出されてきたとしても……きっと全然おかしくはないダロウ。



「許せない……」



 ふいに呻くように発された、その小さな呟きにさえビクリと全身が硬直した。

「よりにもよってアンタが、であるってことが、もうマジで許せないっっ……!」

 呟いた唇が、やおら小刻みに震える。

「失礼で、無神経で、正々堂々としてなくて、ぜんぜん男らしくなくて……、――なのにちゃんと“強い”だなんて……!」

 おもむろに、色が白くなるくらいにまでキツく噛み締められ。

 でも抑えきれない唇の震えを、まるで声を振り絞ることで振り払うようにして、それを言う。



「もう、マジ最低よアンタなんてっっ……!!」



 と同時にポロッと零れ落ちる、目から頬を伝った大粒の透明な雫。――って、ナニそれ……?



「…………」



 ―――ぅええええええええええええええっっ!!!?



 流れたそれが“涙”というものであることに俺が気付いたのは……それを凝視したままタップリ十数秒は経ってからのことだった。



 ――泣くの!? よりにもよって泣くの!? 泣くのかよ!? 泣いちゃうのかよ!! てか、なんで泣くの!? なんで今ここで泣く!?



 即座にヒクッと片側だけ引き攣った口許で、だが声には出さずに内心でのみ絶叫する。

 あからさまに驚愕っぷりがカオにも出ているってーのに、なぜ出ないんだ俺の声?

 …人間、本当に驚いた時は声なんて出なくなる。

 そんな定説を今、己の身を以ってヒシヒシと体感した。

 ヤツを凝視したそのまま、今度は先ほどとは全く違った理由で、ピクリとも動けなくなる。



 甘かった。――よもや“次の手”に、こんな“女の武器”を繰り出してこられるなんて。



 一粒でも涙を零してしまったら、もう止められなくなるんだろう。後から後から流れ出してくる涙に濡れる、もはや本格的な“泣き”状態に入ってる月乃の姿。

 軽くえぐえぐとした嗚咽に混じって、かろうじて「最低」だの「ムカつく」だのという、相変わらずの悪態も聞き取れるが……それは、まあ、置いといて。

 そんな相手を目の当たりにし、思わず俺は深いタメ息を洩らしていた。

 こんな攻撃されたら、防戦も何も仕様が無い。手の打ちようだって無い。――さすがは“武器”だ。

 なんて一方的な敗北だよ。しかも、俺こそ負けた側なのに何だよこの言いようも無い罪悪感は。

 こんなやり方…、――それこそ俺の性に合わないんだよっつの!



 そんな、当の“勝者”相手に一体なにをどうしたらいいのか分からないまま、俺は。

 その場に縫い付けられたように硬直したまま途方に暮れて、ただヤツの涙が止まるまで待つことしか出来なかったのである―――。




          *




「――だからさ、ムカついたあまりマジとっても腹が立ったワケなのよね。つまり」



 赤く腫らした目をこすりこすり、月乃はポカリスエットを飲みながら言った。めっちゃくちゃケロッとしたカオと、軽い口調で。――なんだそりゃ?

 そもそもからして、目の前の俺のことなんて放ったまま自分の気が済むまでひとしきり泣くだけ泣いて、その後の第一声が『ノドかわいた』って……それこそ、なんだそりゃ? みたいな。

 それで素直に近場の自販機からポカリ買ってきてやっちゃう俺も、ホント人が好いよなーと、我ながらシミジミ思うんだけど。

 ――つか、なに普通に奢らされてんのパシらされてんの俺……?

 差し出したポカリを黙って受け取り、泣いた後の水分補給とばかりにグビグビと飲むだけ飲んでから、『あースッキリした!』って……だから、それもどうかと思うんだよな人間として。

 まず飲み物くれた相手に対して礼くらい言えよオイ。

 やっぱり、この女のやることはよく解らない。…解りたくもないが。

 やること以上に、考えてることに至ってはサッパリだ。きっと人間の理解の範疇というものは確実に超えてるだろう。

 もーイヤだ。こんなヤツに関わりたくない。これ以上関わってたまるもんか。

 とりあえずは一連の事態にも収拾が付いていることだし、逃げるなら今だ。

 そこで、『じゃあ、気分もスッキリしたところで…俺はこれで』と、そのまま踵を返そうとしたところ。

『てか、待てやコラ』

 すかさず、後ろからガッツリ襟首を掴まれた。

 …で、今に至る。



「だってムカついたんだもん、仕方ないじゃない! てか、これはどう考えても腹が立たない方がおかしいのよ! そうじゃない!?」

「………つか、ソレに対して俺にどんな同意を求めたいんだよテメエは?」

 カラみ方まで意味不明。こんなの酔っ払いよりもタチが悪い。

 その真正面に立つポカリで酔える安上がりな酔っ払い――月乃は、そこでおもむろに手を伸ばすと俺の上着の襟首を掴み、自分の方へと引き寄せた。

「私が何も知らないと思わないでよ?」

 軽く至近距離から、据わった目でヒタと俺を見つめる。

「これでも私、自慢じゃないけど空手ファン歴、長くはないけど深いんだから。空手のことなら、どこまでもどこまでも狭く深く掘り進めていける方なんだから」

 ――それって自慢か? ただ単に粘着質な性格してるってだけじゃねえの?

 …という疑問は、心の中だけに留めておく。俺だってまだ命が惜しい。

「しかも自慢じゃないけど、私だって空手を含め数種の武道をたしなんでる経験者のハシクレですから?」

 ――おう、テメエには謹んで『歩く殺人凶器』の偉名とかくれてやるゼイ。

 …というツッコミも、心の中だけに秘めておくことにする。

 …やべえ、今ぺいっと口から出ちゃいそうだったし。危ない危ない。

「ようするに何が言いたいか、っていうと……そういう“経験者”である以上、普通に判ってきちゃうのよね。それこそ“金の卵”とかが」

「………なんだソレ?」

 つか、今なんの話をしているんだコイツは。

 そもそも、黙って聞いてはいたけど、まず話の筋道からして不透明すぎる。

 なんで『腹が立った』『ムカついた』で泣いて、そこから空手の話へ突入してくワケ?

 それに“金の卵”って……なんだそりゃ? 金色のニワトリでも孵る卵、ってか? ――だから、どうして空手から卵の話へ飛ぶんだよそもそも?

「ああ、ひょっとしてアレか? つまりオマエは、武道で培った経験を生かして、新鮮な美味しい卵とそうでない卵の見分けが付く、と……そういうことを言いたいってか?」

「『新鮮』って……例えが少しおかしいけど、まあそんなとこね」

 ふふん…とばかりに軽く自慢げにふんぞりかえったヤツに、「そりゃスゲエ特技だな」と俺は気乗りしない声で相槌を返しておく。

 一応、まだ命が惜しい若輩者の手前、この場はヤツに合わせるくらいはやってやるゼ、ってなもん。

「そうか……確かに、それが出来ればマジでカリスマ主婦並みだよな。卵ってやつァ傷むのは早いし、冷蔵庫に入れて保存しといても安心できないもんな。すげえすげえ」

「――って、違うし!! 普通に卵の見分け方の話じゃないし!! てか、なんでいつの間にか卵の話になってんのよ!!?」

「はあ? つか、テメエが先に卵の話題を出したんじゃねえか!! この気乗りしねえ会話にも親切に相槌打ってやった俺をまず敬えよバカヤロウ!!」

「アンタ馬鹿!? そっちこそ馬鹿じゃないのマジで!? なんで空手の話からワザワザ生卵談義に入らなきゃなんない必要があるのよ!!?」

「知らねえっつの!! そんなん、オマエが馬鹿だからだろ!? 会話の切り替えも満足に出来ねえのかよ、この馬鹿女!!」

「なーに言っちゃってんですか、そこの馬鹿!!? ――いいか、よく聞けよ? そもそも生卵の見分け方に『武道で培った経験』とやらなんて、必要ないだろうがボケーーーィ!!  私が言ったのは“金の卵”っていう比喩だよ比喩!! そんなことも分からないのかアンタは!! ホント馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、ブラックホール馬鹿!!」

 …とまで一気に言い切るだけ言い切ったと同時、月乃の手の中でポカリ缶がグシャリと潰れた。

 そこで我に返ったかのように、「あら、いけない」と、潰れた缶の中身を飲み干す。――飲み干すのかよ、この状態で。

 ――なんかもう……コイツ、ホント疲れるんだけど……。

 もういいよ、俺『ブラックホール馬鹿』で。好きなように好きなだけ言えばいいさ。俺はもう何を言う気にもならなくなったけどね。

「つまり、『武道で培った経験』があるからこそ、私には武道においての“金の卵”――いわば“有望株”の選手が判る、ってことよ!」

 ぷはっと軽く息を吐いてから、そして手の中の潰れた缶を、更に潰せるトコまで潰しきってから、俺に向かって投げ付けてくる。

 咄嗟のことで思わずナイスキャッチしてしまったが……つまりコレ、俺に『コレ捨てとけ』って言ってるってことか……?

「好きなら、そりゃ試合とかあれば観に行くでしょ? そうやって流派問わず色々と見てるうちに、“これは本人の努力とか鍛錬とか次第で将来大物になりそうだ”っていう選手が、なんとなく判ってきちゃうワケなのよ。…残念ながら、あまり多くは居ないけどね。そういう人」

 相も変わらず〈立て板に水〉とばかりに続けられる、月乃の言葉。

 もう何も言うまい…とは思いつつ、それでも多少はカチンときていた、そんな缶を投げ付けられた側の俺のことなどドコ吹く風だ。

 ――わかった、つまり『反論せずにとっとと行きやがれ』、ってーコトなんだよなテメエの言いたいのは?

「あれは忘れもしないわ。中学生の時よ。ヒマツブシに足を向けてみただけの予選地区大会の会場で、そういう有望株の選手を見つけたの。しかも中学生大会だから自分と同世代。すごくビックリしたわ」

 ああそうかよ、コッチだってビックリだよ。――ちくしょう、近場にゴミ箱なんて見当たらないし。

「案の定、その人は地区予選大会なんてメじゃなかった。圧倒的な強さだった。そりゃあ、まだ中学生相応でしかない強さだったかもしれないけど……この人は絶対に伸びる、私はそう確信したの」

 はいはい、こっちも確信したよ。コレ買った自販機まで戻らなきゃならねーってことを。…あー面倒くせえ。

「ちゃんと聞いてんの、早乙女さおとめ すばる。あなたのことよ?」

「―――。…………はいぃ?」

 意外なトコから自分の名前が…しかも、よりにもよって目の前のコイツの口から飛び出したことに驚き、咄嗟にその場で固まった。

 俺は丁度、空き缶かかえてゴミ箱へと向かうべく、踵を返そうとしてたところで。

 既に方向転換しきっていた首が、再び月乃へと向かって正面に直る。

「そんなこんなで私、悪いけどアナタのこと、中学時代から知ってるの」

「はい……?」

「この私が認めたくらいだもの、アナタの力量だって、充分に解ってるつもり。――なのに、なぜ……アナタは、こんなトコでフラフラしてるの?」

「え……?」

 ガシッ…!! ――やおらそこで制服のネクタイごとシャツの襟元を掴まれた。

「――それがムカつくってーんだよ、この馬鹿野郎がァ……!!」

 そのままギリギリと締め上げられる。

 …て、ちょっと待て!? いま俺、普通に褒められてなかったっけ!? “金の卵”って言われてなかったっけ?

 それが何故、いきなりコレだよ!?

「充分に才能も力量もある恵まれた身分で……ウチの高校にだって、大して強くなんかないけど、それでも一応〈空手部〉があるのに……空手が出来なくなったワケでも無いクセに……」

「おい、ちょっ、放せ神代かみしろっっ……!」

「だから許せないの!! そんな“恵まれた人間”が、凡人以上に出来るものを放棄して、ただフラフラ生きてるってことが許せない!! しかも〈空手部〉蹴って入った先が〈天文部〉!? しかも、その入った理由が惚れた女のため!? ――本当に馬鹿ですかーキサマはー!!」

「って、ちょっと待てコラ……!!」

「そんないい加減な人間のクセして……なによ、なんで今度は雪也に〈生徒会長〉まで任されちゃうワケ? 雪也も雪也よ、ここまでコイツの最低人間っぷりを熟知している私に、一切の相談もなく勝手に……ああもうホント、ワケわかんないっっ!! ちょー腹立つ!!」

「そんなん、俺が知るかよっっ……!!」

「ふざけんな!! 私だけは騙されないからね!! 絶対、雪也と何か密約でも交わしてるんでしょ!? じゃなきゃ、あの雪也が、そんな間違った人間を〈会長〉に据えようなんてするハズが無いじゃない!! さあ、しらばっくれても無駄よ!! 一体、なんの弱みを持ち出して雪也を丸め込んだの!? 言いなさい!! 言え!! 大人しく吐けやコラァ!!」

「…………!!」



 ここでようやく、コイツが俺の後を付けてきた意図を、とりあえず理解できた。

 …つまり、空手の有望株選手としてヤツの認めた俺が、それが出来る環境にあるのにも関わらず部活動に入って毎日鍛錬に勤しんでないことが気に食わなかった、と。

 …そこへきて兄の雪也が、そんな俺を生徒会長なんかに指名したものだから、それも余計に気に食わない一因となったワケだ。

 …プラス、コイツが過度なブラコン、っつー所為もあるな絶対。自分の知らないトコロで俺と雪也に何かしらの取引があるという勘違いを確信してるし。

 ああ、ナルホドね、こういうことだったんだ…と納得は出来たけれども。

 しかし、俺も俺で反論がゴッソリある。

 それこそ、コイツの勘違いに振り回されて唯々諾々と言いなりになって締め上げられてる場合ではない。

 そう鬼気迫る勢いでもって『言え』『吐け』と言われたら、そりゃーお言葉に甘えて事細かに無実を訴えたいのはヤマヤマである。



 だが……その俺は今まさに、絞殺されかけ寸前、という有様。



 そりゃ、ここまでガクガク揺すぶってギリギリ締め上げてたら、相手を殺しこそすれ言えるものも言わせられない、っていうアタリマエのこと――にさえ、きっとコレッポッチのカケラも気付いちゃいないんだろーけどなッ、そこの馬鹿女はさッ!!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る