《第7話》

すれ違う思い(1)


 ハウスメイドの朝は早い。だから普通は、シャリルやケイリング様が居る屋敷本宅とは別棟にわたし達メイドは住み込みで寝泊りして働く、っていうのが常識みたいになってるようで。まあ、そもそもわたしの場合は物心ついた頃からずぅーっと孤児院暮しだったから、寧ろ今のここでの生活の方がとても快適で暮し良いくらいなんだけどね?


「ン――! 気持ち良い~♪」

「いいから早くしなさいよ、メル! そういつまでものんびりしている暇はないんだからな。もし遅れたりでもしたら、屋敷管理人ハウス・スチュワードのスコッティオさんから叱られちゃうのは、この私の方なんだから!」


 眩しい朝日を受けながらのんびり背伸びをしていると、同部屋でわたしよりも年長者のあのジェシー・クラインが後ろでメイド服に着替えながらそう言ってきたのだ。瞬間見えた形のいい胸のラインが今のわたしには羨ましく思え、ボーッと見つめてしまう。

 そう、わたしはJ・Cと同じ部屋で生活し寝泊りすることに決まっていた。二人部屋をそれまで一人だけで悠々と占有していたJ・Cだったんだけど、他に空いてる部屋はなかったし私の希望もあってそう決まったのだ。


 そんな彼女は、わたしよりも三つ年上の十五歳。少し口やかましいところが御覧の通り実はかなりあるんだけど、根はとても優しい人だとわたしは思ってる。知り合ってまだ日も浅いから、よくは分からないんだけどね?


「メル、アナタが叱られるだけなら私は全く構わないんだけどな。今は教育期間中なんだから、こっちまでとばっちり受けちゃうんだぞ! 

そこんトコ、一応でも分かってくれてる?」

「……うん。ちゃんと分かっているよ、JC」


「それならば、よしっ!」

 そこでJ・Cはいつもの満面の笑みをようやく向けてくれた。それを受け、わたしもホッと安心し笑顔を見せる。


「お湯、ここに置いとくから。使い終わったらいつもの所へ戻して置くこと! いい?

じゃあー私は先に行くから、あとのことは頼んだわよ! メル」

「え? もう行っちゃうの?? JC」


「まあね、嫌になっちゃうんだけどさぁ~。今日は当番だから仕方がないんだよ。その内、アンタにも順番が回って来る筈だから覚悟なさい、メル」

 そう笑顔を見せ言い残し、J・Cは部屋の戸口から素早く出て行って、間もなく屋敷の方へと向かう姿が部屋の中から伺い見えた。


「当番……かぁ~」

 この森の中の宮殿 《パレス=フォレスト》と呼ばれる名門メルキメデス家の屋敷はとても広くて立派で、庭園から何まで手入れが行き届いているのがよく分かる程に素晴らしく素敵で、思わず見惚れちゃうくらいある。だけど考えてみたら、それら全てのことってみんな、人の手が入って初めてなんだなぁ~ってことが最近になってようやく分かり理解出来る様になっていた。そりゃそうなんだけどね?


「あの木々も森も、あの草花さえも。ここの皆が頑張って、ここまでにしていたからなんだよね……とても凄いことだと正直にそう思うなー!

わたしもその内に色々なコトを覚えて、なんでも出来るようになれるのかなぁ?」


 窓際に頬杖をつきながら遠目に屋敷庭園やその周りを見回しながらつくづく感心し、そう零す。


「まあ~もっとも、わたしは自然に咲いてる草花や木々も、同じくらいに好きなんだけどね?」

と肩を竦め、独り吐息をついた。


「メルー!!」

 そんなことを窓際で思っていると。屋敷本宅へと続く坂道を登り切り、一旦はその姿が消え隠れてJCがわざわざ肩を怒らせながら戻って来るなり、遠くからこちらを睨むように見つめ、両手を両腰に添え、そう叫んでいたのだ。


「あ! こうしちゃ居られないんだった!!」

 わたしは直ぐに顔を洗い、服を着替えて髪を綺麗に解かし整えてから屋敷本宅へと向かった。でも……色々と慣れてないこともあって、ここを出るまでに三十分以上も掛かっちゃったんだけどね?



 屋敷本宅へ着くと。レディーズメイドのエレノアを筆頭に、みんな一同中央階段脇にて両側に横一列で既に並んで立ち、誰かが来るのを待っていた。全員で30人近くもいる。

 エレノアは今年十七歳になるとても綺麗な凜とした人で、初めて会った時にはつい見惚れてしまったほどだった。そんなエレノアを先頭に皆が並ぶ列の先を見ると、J・Cが呆れ顔にこちらを見つめ肩をすくめ、次に困り顔を見せている。


 これは流石にちょっと、拙かったのかなぁ~?

 大きな柱時計に目をやり見ると、微妙に遅刻っていた。


「……メル、遅かったわね。間もなくスコッティオ様が来るから、早くこの列の後ろの方へ並びなさい」

「あ……はぃ! ごめんなさい、エレノアさん」


「いいから、早くなさい! また叱られたいの?」

 レディーズメイドのエレノアにそうピシャリと言われ、少しだけ肩を竦めてから元気なくその近くを通り。わたしは列の一番後ろの方へと向かう。


 それにしても、何もそんなに怒ることなんかないのになぁ……。もっとも、遅刻したわたしがいけないんだけどね?


「――あ!!」

 誰かが急に足を出し引っ掛けて来て、わたしはものの見事に躓き倒れた。と同時に、数人メイド達がそんなわたしを見下ろし笑っている。


「あらあら、御可愛そうに。着慣れない上に、不相応で似合いもしないメイド服なんか着ているものだからお倒れになられたのかしら?」

「ウクク♪ ただ歩くのにも不自由しているようじゃ、この先思いやられるんじゃないの? 

もういっそ、このまま辞めちゃったらどうなの? メル」

「少なくとも、私たちの足手まといにだけはならないで居て頂戴よ、メル。

まあ~もっとも、一人勝手にお倒れになる分には、一向に構わないんだけどさあ~♪」


 誰かと思い見たら、シャリルをいじめていたあの時のベッティー達三人組みだった。

 どう考えてもこの三人の内の誰かが足を引っ掛けて来たのは間違いない! 


 わたしは怒り心頭に顔を真っ赤に染め勢いよく起き上がり、三人を睨んで口を開いた。


「――アンタ達!! いちいち、やるコトが陰湿なのよっ! 一人で立ち向かう勇気も正面を向いて立ち向かう勇気もないクセに、この意気地なしっ! 

まるでハイエナみたいね!! 蟻虫と一緒よッ!」


「い、意気地なし……ですってぇー?!」

「は、ハイエナ……って!?」

「ア、アリ虫って……それはいくら何でも、あんまりなんじゃ…??」


 わたしはあんまり腹が立って、しばらくその三人をその場で睨みつけ。相手もそれで睨み返して来たので、それでわたしは更に睨み返し、結局この四人でしばらくいがみ合った。


「――メル! いい加減になさい……」

「え?」

 レディーズメイドのエレノアさんだった。一瞬、どうして自分だけが叱られたのか理解出来ず、わたしは唖然とし驚いてしまう。もちろん、納得なんて出来ないから、わたしは三人組みを勢いよく指差し口を開いた。


「でも! 悪いのは、この三人の方なんです!!」

「メル!!」

「……今日は朝から、随分と騒々しいですね。どうしたんだい?」

 屋敷管理人ハウス・スチュワードであるスコッティオさんだ。その時ばかりは皆、直ぐに黙り静まり返る。


 スコッティオさんはそうした様子を覗い見つめ、仕方なげに聞いていた。


「で? 何があったの、エレノア」

 瞬間、エレノアさんは黙って困り顔でこのわたしの方を見つめていた。そして間もなく、

「はい。ここに居るメルが……他の皆よりも遅れて来た上に、独り騒ぎ立てるものですから。それで仕方なく……叱っていたのです」


 ……え?


「それは本当のコトなの? メル」

 スコッティオさんはエレノアの話を聞いて、呆れ顔をこのわたしに向けたあとため息をつき。そのあとで厳しい表情に変え、そう聞いて来た。

 わたしは思わず、泣きそうになりながら言い返した。


「違いますっ! そりゃあ……遅れて来たのは確かだから認めるけど。でも! 悪いのはあの三人組みの方なんです!! 信じてくださいっ!」

 わたしから指を差された三人組みは、目を見開きギョッとしている。


 ふん! 言い逃れなんか、絶対にさせないんだから!


「お黙りなさい、メル!」

「――!?」

 誰かと思えば、またエレノアだった。

「あなたはまだ、ここへ来たばかりなのよ。目上の者に対して、そんな風に指差したり、今みたいに大声を出してモノを言ったりすることは、決して許されない立場なの! そのくらい、わかるでしょ?」

 普段は厳しいことばかり言ってはいても、見目にもどこか優しげで物事の正しいを見極めると思っていたエレノアからの思っても見ないその言葉に、わたしは思わず急に悲しい気分で泣きそうになる。


「――でも!!」

「まだ分からないの、メル!!」

「まあ、もういいから……二人共、それくらいにしておきなさい」

 スコッティオさんはそこでやれやれ顔にため息をついている。それから一列に並ぶわたし達メイドの前をゆっくりと確認するかのように歩き、口を開いた。


「メイドたる者、相手を何よりも重んじ引き立て、控え。常に謙虚であることがもっとも大事です。

まあ、もっとも……それは改めて今更言うまでもないことでしょうけど……」

 スコッティオさんはそう言ったあと、それとなくわたしの方をあの冷徹な表情で見つめてくる。

 わたしはそれに気づき、内心……深く心傷ついた。


「今一度、改めて肝に銘じておくように。いいですね?」

『はい、スコッティオ様』

 メイドたち一同は一斉に背筋をシャンと伸ばし、真剣な表情でそう応えていた。だけどわたしはそれに一人黙り込み、応えなかった。だって、応えたくなかったから。

 そんなわたしに気づき、スコッティオさんはこちらを困り顔にため息をついて口を開く。


「はい。それでは今日もいつもの通り、各自決められた担当の務めを始めるように。

それから、メル……あなたは朝の自分の仕事が終わったら、私の所へ直ぐにいらっしゃい。いいですね?」

「……」


「いいですね? メル」

 スコッティオさんは二回目、厳しい口調と表情に変え言い直していた。

「……はい。スコッティオ様」

 わたしは元気なくそう応え、いつもの朝の務めを始める為に向かった。


  ◇ ◇ ◇


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