第26話 帰ろう


「あーもう! どうして動かないのよ、このっ!」


 仙石の運転する車は、あてもなく似たようなところをグルグルと走行した結果、今はもう動かなくなっていた。


 蹴って動かしたのがまずかったのか、それとも運転がまずかったのか。

 どちらにしても、恐ろしい運転から開放された安堵感と共に上川たちはみな窓の外を見ていた。

 そんなとき隣にいる内田が妙なことを言った。


「ロボットが見えるわ。こっちに近づいてくる」

「まさか、そんなものまで持ち出してくるなんてこと……本当だった」


 窓から外をのぞくと、どすどすと近づいてくる二足歩行ロボットの姿がたしかに見える。

 ぎこちない歩き方だが歩幅のせいか、ずいぶん速い。

 十メートル近いあの巨体に踏み潰されればひとたまりもないだろう。


「委員長、はよ動かして! もうあの拷問みたいな運転でも耐えるから!」


 助手席側の窓から同じ光景を見たであろう一ノ瀬が叫ぶ。


「拷問ってなによ! 大体、ドアがない運転席のほうが大変なんだからねっ!」


 最初に動かしたときと同じように、仙石は車を蹴り上げる。


 ドフン。

 嫌な音と共にボンネットが開き、黒煙を吐いた。


「あー、委員長が壊した!」

「うっさい、一ノ瀬!」

「ロボットが近づいてくるわ」

「内田さん、冷静に言ってないで逃げないと!」


 窓を見つめる内田の手をひいて、上川は車から降りる。

 一ノ瀬と仙石も遅れて出てくる。

 走って逃げようとするが、逃げ切れるわけもない。


 万事休すかと思われたとき車を踏み潰したロボットは突然、不自然に足を止めた。


「あれれ? 止まったよ、うえっち」

「い、いや、止まりはしたけどさ……」


 ロボットは、その場で大きく腕を前後に降り始める。

 それはまるでラジオ体操を始めたかのような奇妙な動きだった。


 上半身はそうして動いているのに、足はまったく動かしていない。

 そのせいでぐらりとロボット自体が揺れ始めている。


「倒れてきそうに見えない?」


 上川がつぶやくのとほぼ同時に、ロボットは顔面を打ちつけるようにして倒れた。

 土ぼこりが舞い上がり、巨大な地響きがする。


 あまりの光景に四人が呆然としていると、頭部のハッチが開き中から人が出てきた。


「やれやれ、やっぱりしゃがむなんて動作はうまくいかないな」

「天城!」

「アマギン!」

「みなさん、ご無事ですか?」

「文香こそ!」


 片手を上げて応じる天城の背後から白河も顔を出す。

 そしてその後ろには、あの重力を操る少女の姿もあった。


「さぁて、感動の再会は後にするぞ。全員、狭くても乗り込め。こいつで脱出する」

「やったー、ロボだー!」


 大喜びの一ノ瀬を先頭にして、全員がコックピットに乗り込むと天城がハッチを閉めた。


「えぇっと、これで……あれ?」

「どうしたのよ、天城?」

「……立ち上がれない」

「はぁ? なんでよ?」

「この機体は試作機。複雑な動作は不可能」

「って、水野が言うから倒れこんだんだが……まさか立ち上がれないとは」

「這いずれ! アマギン、這いずれ!」

「それしかないよな」


 天城が操縦桿とフットペダルを窮屈そうに操作する。

 そのかいあってロボットはずるずると前進を始めた。

 下半身を引きずるように動くロボットは、ほどなくしてようやく目的の水面をカメラにとらえる。


「一時はどうなるかと思ったが、これでなんとか……」


 操縦している天城がほっとしたようにつぶやいたそのとき、コックピットが激しく揺れた。

 続けて、いかにも危険を知らせるというアラートが大袈裟にわめきちらす。


「な、なにがあったの天城?」

「どうやら右腕に異常があるらしい。ちょっと待て、今周囲の確認を……!」


 モニターにうつったのは、巨大な足。

 動かしているロボットと同型機だろうか。上川たちをのせた灰色のロボットを、赤い塗装のされた足が踏んでいた。


「やれやれ……どうも、捕まったみたいだな」

「どういうことだよ、アマギン! 巨大ロボットなのに捕まるって!」

「そりゃそうだろ。ほふく前進なんて速度全然出ないし、向こうも同じ巨大ロボならすぐに追いつかれる。そういえば、これの横に何体か並んでたな」

「あれは量産機。基本スペックは同じ。たしか五体は完成していたはず」


 再び、衝撃。

 モニターで確認すると、同型のロボットが何体もこちらを取り囲んでいるのが見える。


「なにしてんのよ、天城! なんかビームとかでなぎ払いなさいよ」

「そんなもんでねぇよ。くそっ、あと少しなのに」


 立てない上に、数でも負けているとなれば身動きは取れない。

 操縦していない上川にもそれくらいはわかった。


「あ、そうです。千佳さん、あなたの力でこのロボットを動かせませんか?」

「わかった。試してみる」


 白髪の少女が目を閉じ、両腕を上げる。

 少女はその動きを何度か繰り返したが、コックピット内に変化は訪れない。


「……ダメ。重量が問題。もう少し軽くないと」

「どれくらいなら操作できるんだ?」

「約十トン」

「めちゃくちゃすごいぞ、それ」

「でも、これは百トンある。上のロボを押しのけるのも同様の理由で不可能」

「やれやれ、無駄にスーパーロボットな設定しやがって」

「じゃあ、あたしが外に出てロボットの腕とか足とかを叩き壊してくるわ! それで軽くなるでしょう?」

「やめとけ仙石。いくらお前でも五体の巨大ロボを相手に大立ち回りはできないだろ」

「じゃあどうすんのよ」

「それを今考えてるんだ。内側から各部の強制パージとか……できないよなぁ」

「私がやるわ」


 そのとき、今まで黙っていた内田が口を開いた。


「このロボットを軽くすればいいんでしょう? 私の能力なら、それができる」

「待ってくれ。君の力が分解なのは上川から聞いた。だが、胴体を消し去るのはここからできるのか?」

「いえ、視界に入れたほうが確実よ」

「なら仙石と同じ問題がある。外に出ればすぐに攻撃されるぞ」

「向こうは私の力を欲しがっている。ここにいる誰よりも乱暴に扱われる確率は低いわ」

「たしかにそれはそうかもしれないが……問題はもうひとつある。これは推測だが、君は自分のスキルを制御できないんじゃないのか?」

「ええ、そのとおりよ。けれど、それしか方法がないわ。うまくやってみせるから」

「でも、内田さん」


 上川はためらってしまう。内田の力を頼っていいのだろうか。

 それは彼女に負担をかけることにはならないだろうか。

 上川の不安を察したのか、内田はゆっくりとかぶりをふった。


「大丈夫よ。あなたは私に言ってくれた。私の能力が自分たちを助けたって。そういう風に使えればずっと嫌いだったこの力も、少しだけ受け入れられる気がするの。だから、私にやらせて」

「……わかった」

「ありがとう、上川くん」

「でも、俺も外に出る」

「え?」


 内田の手首を掴んでから、上川は天城を見る。

 言葉にせずとも、考えは伝わったらしい。

 友人の顔には苦笑が浮かんでいる。


「やれやれ、どうせ止めても無駄なんだろ」


 肩をすくめた天城がスイッチに触れる。

 ハッチが開き外の空気が流れ込んできた。


「ありがとう、天城」

「ダメ、危ないわ。私一人で――」

「大丈夫、大丈夫。行こう、内田さん」

「え、ちょっと……」


 内田の手を引いて、狭いコックピットから外に出る。


「ステキです! なんだかロマンチックだと思いませんか、水野さん!」

「私には、わからない」

「いい、内田さん。コツはがーっとやって、うわーって感じよ! がんばって!」

「委員長、それは伝わらないんじゃないかな……まぁいいや、二人ともがんばれよー!」


 友人たちの声援を受けながら、頭の突起を足場にしてうつ伏せに倒れたロボットの後頭部に二人で立った。


 そこからの眺めは、正直に言えば恐ろしい。

 周囲には敵のロボットが数体おり、こちらに巨大な影を落としている。

 内田の手を離し、二人で並んで立つ。


「あきらめたまえ」


 ロボットの足元に、黒い車が一台停まっている。

 その運転席から降りてきた宮永は、こちらに拳銃を向けて言った。


「これが最後の警告だ」


 そんな相手の視線を真正面から受ける。


「ちょっと相談させてください」


 それから上川は意味ありげに笑ってみせた。

 もちろん、意味はない。

 相手が深読みしてくれたら時間が稼げるな、という程度のものだ。


「委員長さんが言っていた訓練、私も子ども頃にやったの。両親がすすめてくれて」


 隣に立った内田が正面を向いたまま、小声で話し始める。


「なくしたくないものを手に持って、泣いたり怒ったりする訓練だったわ。だけど、うまくいかなかった。好きなぬいぐるみも、なくしちゃいけない家の鍵も、全部消してしまう」


 訓練が成功しなかった。

 そのため内田が選べる道は、人との接触を断つことだけだった。


「だから、失敗したら私だけ置いていって。そうしたらきっと、あなたたちは帰れるから」

「失敗しないよ。その話だけど、じゃあ人の手を掴んで訓練したことってないんだね」

「ええ。だって、そんなことをしたら失敗したときに……」

「じゃあやってみよう」


 上川は、左手でそっと内田の右手を取った。


 自分が内田にとって大事な存在だと、うぬぼれているわけじゃない。

 きっと子どものころを共に過ごしたぬいぐるみのほうが大事だっただろう。


 だけど、内田は今まで一度も人を傷つけていなかった。

 トラックが落下するときも、上川に銃口を向けたマネキンを消したときも、それは同じだ。


 それなら、きっとこれが正解だ。


「ダメ。失敗したら、あなたを傷つける」

「でも内田さんのほうがもっと傷つく。大丈夫、俺はただドサクサにまぎれて手をつなぎたかっただけだから」


 これが偽らざる本音なんだと思う。

 格好はつかないけど、それくらいでいいと段々開き直ってきた。


 内田は、ふっと口元をゆるめる。


「何度も押し倒したのに、意外と控えめなのね」

「実はね」


 内田から手を握り返される。

 それだけでもう満足してしまいそうだった。


「やるわ」

「落ち着いて。深呼吸、深呼吸」


 内田の様子を気にしながらも、上川は宮永に視線を戻す。


「相談は終わったのかな?」

「ええ、まぁ」


 内田の準備が整うまで、なんとか時間を稼がないといけない。

 上川は知恵をしぼる。

 そうだ、俺はあの人に言わなくちゃいけないことがあったんだ。


「宮永さん、俺はあんたの言い分が全部間違っているとは思いません」

「なら、内田渚さんを引き渡してくれるね?」

「いいえ。目的が正しくても、やり方が正しくない。誘拐という手口も、ルールをやぶった研究も、そんなことはやっちゃいけないんですよ」

「君は子どもだからわからないんだ。手段を選んでいられないときがある」


 ふぅ、と宮永はため息をつく。


「ほら、ぼくが言ったとおりだろう。君たちはそうやって、見たくないことや知りたくないことを否定して、いたずらに世界を混乱させるんだ」

「そうかもしれません。でも俺はこっちのほうが正しいと思う。俺たちはこんな力が嫌だと嘆きながら、悩んで苦しみながら、それでも笑って生きていくんだ」


 大人から見れば、自分の理屈も内田の選択も間違っているのかもしれない。

 それでも、俺はこの人のやり方が正しいとは言いたくない。


「だから、俺たちはあなたの言う不合理なやり方で、面白おかしく生きてみせます」

「……もういい」


 銃口がはねる。

 弾丸がまっすぐ向かってくるのを、なぜか感じ取ることができた。

 そしてまた、それが消え失せることも。


 内田渚の目が、かすかに光った。


 その瞬間、すべての巨大なロボットが消し飛ぶ。

 ロボットを構成していた粒子は舞い上がり、まるで蝶の鱗粉みたいに光を反射させる。


 光の中に残されたのは、コックピットがあるロボの頭部と、その上に立った上川と内田、そしてこちらを呆然と見上げる宮永だけだった。


「うまくできて、良かったわ。これで私も……少しだけ自分を信じられる」


 内田がほっとしたように表情をやわらげる。

 そんな顔にまたもどきっとさせられた。


「すごいよ、内田さん」


 内田さんが正しくスキルを使うために必要だったのは、手を握ってくれる人の存在だったのだと思う。

 けど、それは誰でもよかったんだ。

 むしろ内田にとって、大事じゃない人間のほうが適任だ。

 でなければ、きっと彼女は能力を使えない。


 だけど、だからこその役割は自分でちょうどよかったのだと上川は思う。

 これくらいは、うぬぼれてもいいはずだ。


「おい、戻ってこい! 帰るぞ!」


 開いたハッチの奥から天城の怒鳴り声が聞こえる。


「行こう内田さん!」

「ええ、そうね」


 素早くコックピットにもぐりこむと、すぐにハッチが閉じられる。


「この重量なら操作可能」

「よし、頼む水野」

「お願いします、千佳さん!」

「よぉし、帰るぜ。帰って寝るぜ、オレ!」

「一ノ瀬、またあんたは緊張感のない……ま、もう無事に帰れるならそれだけでいいわ」


 コックピットの中に七人を内包したロボットは、下半身を失ったまま重力から解放され浮かび上がる。


 そして水面に向かって、落下した。

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