第12話 ロケットとミサイルの違い


「さらわれ系ヒロイン?」

「そうなんだって」


 上川の言葉に内田は驚いたようだった。

 その珍しい表情を逃さず網膜に焼きつける。


「だよね、白河さん?」

「はい。以前、一ノ瀬さんにそう言われたことがあります」

「つまり、簡単に説明すると白河さんのスキルはどういうわけか器用にさらわれてしまうというものなんだよ」


 誘拐事件に巻き込まれることもあれば、偶然の積み重ねによって特区の外へ連れ出されてしまうこともあったと聞いている。

 そのたびに犯人を捕まえたり、行方不明の白河を発見するのが天城だった。


「……大変ね」

「いえ、そんな。いつも恭平さんが見つけてくれますから。大丈夫ですよ」


 白河が屈託なく笑う。

 内田はそんな彼女の顔を黙って見つめていた。


「あ、そうです、内田さん! 恭平さん、とてもいい人ですから!」

「え?」

「頼りになりますし、優しいですし……とにかくいい人ですよ!」

「そ、そうなの……」


 白河が急に天城の長所を力説するので、内田は困惑しているようだった。

 上川にも白河の意図は読めなかったが、ほめているのだから悪いことではないと思う。


「ともかく、これで外への連絡は必要なくなったね。あとは脱出する手段を探さないと」


 ここで助けを待つのは、なんとなく友人たちに恥ずかしい気がした。

 助けられてばかりでは格好がつかない。

 こっちでもできることを探さなければ。


 手近なマネキンのポケットをまさぐって、手がかりを探してみる。

 そして指に触れたものを片っ端から出してみることにした。


 まず出てきたのはハンカチ。


「お? ハンカチだ」

「ハンカチなら、私も持ってますよ。お貸ししましょうか?」

「いや、ありがとう。その気持ちだけ受け取っとくよ。ねぇ、内田さん。たしか、こんなハンカチじゃなかった? 口元を塞がれたのって」


 なんの変哲もない無地のハンカチ。

 ただ白いだけのそれは、数枚まとめて安売りされてそうな量産品だった。


「そうだったと思うわ」

「ならこっちの小瓶が怪しい薬品かな。役立つかもしれないし一応取っておこう」

「ところで、上川さん」


 ポケットに瓶とハンカチをしまうと、不思議そうな顔の白河が小首をかしげていた。


「上川さんはどうしてここに? 内田さんを追いかけていたのは恭平さんでしたよね」

「あぁ、実は……」


 内田さんと映画館にいたところをさらわれたんだ、と説明しようとしたとき車の揺れがおさまった。

 エンジン音も聞こえなくなる。


「止まったの?」

「みたいですね」

「よし、だったら扉が開くタイミングで一気に脱出を――」


 上川の言葉が終わる前に扉が開く。

 真っ暗だった荷台の中に正午過ぎの日差しがさしこんできた。


 扉を開けたのは白い髪が目立つ少女。

 体格ではこちらのほうが勝っている。


 正面から少女を押さえこもうと飛びかかった瞬間に、上川の身体はまたも風船のように宙にふわりと浮かんでしまった。


「またかよ!」

「抵抗は非推奨」


 少女は感情のこもらない声で淡々と告げる。

 外見から想像するかぎりではそれほど年が変わらない彼女だが、態度のせいで少し大人びて見えた。


 空に浮かび、視線が高くなる。

 目を閉じそうになるのをこらえ、周囲を見下ろした。


 トラックが止まっていたのはだだっぴろい駐車場だ。

 休日だというのに他の車も止まっておらず、周囲は木々に覆われている。


 ここは特区の東側にある山の中だろう。

 元は観光名所だったらしいが、すっかりさびれて今は誰も近寄らない。


 この場所にいるということは、街からもう何キロか離れてしまっている。


「おやおや。丁重に扱いなさい、チカ」


 少女の肩に手を置いたのは、年老いた男だった。

 父と子、それどころか祖父と孫ほど年の離れた二人の組み合わせは奇妙に思える。

 トラックを運転していたのは、この男なのだろうか?


 男の声に、少女が手を下ろす。

 すると上川は地面に尻もちをついて落ちた。


「いって……」

「手荒くして済まなかったね」


 年老いた男が手を差し伸べてくる。

 白髪やしわの刻まれた顔から年齢を判断したが、腰の曲がっていない姿から実年齢は見た目よりも若いのかもしれない。


 穏やかな笑みを浮かべていても相手は誘拐犯なのだ。

 油断はできない。


 上川は自力で立ち上がると、少し後ろに下がった。

 すると男は大袈裟に肩をすくめる。


「私たちは君たちに危害を加えるつもりはないよ。安心してくれたまえ」

「能力で脅しているのに、その言い方はおかしいわね」

「そうですよ!」


 内田と白河がトラックの荷台から降りてくる。


「おや、一人増えているね。まぁいいか」


 男はにっこりと微笑んだ。


「チカは私の護衛だよ。〝壁〟が崩壊してからは君たちのような子どものほうが大人よりも強く、危険になってしまっただろう?」


 〝壁〟というのは次元の壁のことだろう。

 実在するものではなく、比喩表現の一つだ。


「それに、ぼく自身はスキルを持っていない。これくらいの用心は許されるはずだよ」

「スキルを?」

「そうさ。特区で暮らす君たちにはピンと来ないかもしれないけれど、外にはそういう人もまだいるんだよ。大抵は君たちよりも二回り以上年上だけどね」


 そこまで言われてもやはり想像がつかない。

 両親もスキルを持っていたし、ラノベ特区の友人たちは言わずもがなだ。

 もしもそれが本当なら、この男は上川にとって初めて出会う〝普通の〟人間ということになる。


「それよりも――」


 男が懐に手をいれる。

 そこから出てくるのは銃かナイフか。

 出てきたときはどう対処するべきなのか。


 上川は必死に考えをめぐらせる。

 せめて後ろの二人は守らないと。


「お腹は減ってないかな?」


 身構えた上川の前に差し出されたのは十円で売っていそうな、ただの飴玉だった。


「……は、はい?」

「おや、飴は嫌いかい?」

「いや、知らない人からものをもらうなって、お母さんに言われてるんで」

「面白いことを言うんだね。ライトノベル特区で暮らす君たちにとって、両親なんていないようなものだと思っていたけれど」


 親元を離れて寮生活をしているだけでそこまで言われるとは思っていなかった。

 ちゃんと年末には帰省してるのに。


「そういうことならまずは自己紹介をしようか」


 老人は白髪まじりの頭髪を見せるようにうやうやしくお辞儀をした。


「はじめまして、私は宮永忠というしがない研究者だ。これからよろしく。では、友好の証に飴をあげよう」

「……もしかして、ふざけてます?」

「疑わないでくれたまえ。多少手荒な形になってしまったことは謝罪するが、私は君たちに協力してほしいだけなんだよ。フィクションテクノロジーの研究にね」


 聞きなれない言葉に、上川は顔をしかめた。


 ***


 時間は正午を過ぎていた。


 昼食を済ませた天城は学校の裏山にのぼり、その頂上で目を細める。

 見下ろした街はジオラマのように小さく、午前中にいた河川敷までが一望できた。


「やっぱりここからならいけそうだな」

「ここって……誰もいないどころか、なにもないじゃない」

「ああ、山の上だからな」


 後からついてきた仙石の相手もそこそこに、背負ってきたリュックを降ろした。

 そこから用意してきた棒や箱といった大小さまざまな材料を取り出す。

 すでに工程はシミュレート済だ。

 五分程度で組み立てることができるだろう。


「ねぇ、なにしてんのよ?」

「ロケット、のようなものを作ってる」

「意味わかんないわ。ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「連中が特区の外に出る前なら、なんとかなると思うぞ」


 特区から外に出るには、それ相応の手続きと許可が必要になる。

 国外へ旅行するのにパスポートが必要になるのと同じことだ。

 学生がおいそれとできることではない。

 可能なかぎり、向こうが特区へ出る前に決着をつけたかった。


「特区の外って、車だったら二時間もあれば特区の外に出ちゃうじゃない!」


 自分の腕時計を突っつきながら仙石は力説する。


「最後に文香たちを見てからもう一時間半は経ってるのよ!」

「あー、もう。後でちゃんと説明するって」

「あ、アマギン……! 自転車、借りてきたよ……」


 自転車を押した一ノ瀬が息をはずませて頂上までやってくる。

 その荷物があったために一ノ瀬だけは階段をのぼってくるわけにもいかず、一人だけ斜面を使った迂回路を通ってきてもらったのだ。


「悪かったな、イチ。しかし相変わらず寮の自転車はボロいな」

「だね。でも、自転車なんてなんに使うん? しかも一台だけって」

「山頂から乗ったほうが、下るときにスピードが出せるだろ?」

「答えになってないような……おろ、それはなにしてんのん?」

「ロケット作ってるらしいわよ」

「へぇ。うえっちはもうお星さまになっちまったのかねぇ」

「文香も一緒なんだから縁起でもないこと言わないで。ひっぱたくわよ」


 自転車を挟んでじゃれあう一ノ瀬と仙石をよそに、黙々と組立作業を続ける。

 その甲斐あって想定よりも早く完成した。


「よし、できた。どうだ?」

「どうだって言われても……」


 仙石が理解できないオブジェでも見るような目で、地面に突き立ててあるお手製ロケットを見上げた。


 たしかに作った自分自身でもそれはロケットとは言いにくいシロモノなのは自覚している。

 物干し竿といったほうが近いかもしれない。


 二メートルほどある棒きれの先端に、金属製の三角錐を取り付けただけのものだ。

 あの箱が弾頭だからミサイルのほうが正しいたとえかもしれない。


 それでもこれはロケットだ。


「これでどうやって飛ぶのよ?」


 仙石が地面に突き刺さったロケットもどきを足でつつく。

 天城がやったのは、竿の組み立てと弾頭の取り付けだけなので動力はない。

 風にのるための羽根さえない。


「あせるなよ。それよりイチ、こっち来い」

「え、なんよ?」

「はい、手をそろえて。足もそろえて。気をつけ。じっとしとけよ」


 今だ。


 リュックから取り出したロープで、ロケットと一ノ瀬をぐるぐるとしばりつける。

 それは一ノ瀬に抵抗する隙を与えない早業だった。


「いだだだ! え、なにこれ? 緊縛プレイ? 楽しめる自信がないんだけど!」

「お前なら大丈夫だ」


 ほどけないようにしっかり結んでから、ロープの端をロケットの先に巻きつける。

 一ノ瀬はロケットにしばられ、怪しい儀式の生贄のようになっていた。

 予定通りだ。


「それではこれより、作戦を説明する」

「やっと? 待ちくたびれたわ」

「え、ちょっと。オレ、しばられたまんまなんだけど! おかしくない?」


 一ノ瀬はジタバタと暴れたが、きっちりしばったためにロープはほどけなかった。


「目標はここから直線距離で約二キロほど東の地点にいる。これはレーダーで確認した」

「結構距離あるじゃない。こんなとこでなにやってんのよ」

「誘拐犯はなにも一直線に特区の出口に向かっているというわけではない。どうやら別の目的があるようだ。その証拠に、ここ十分ほど反応が動いていない」


 レーダーが示した場所は、かつての観光地だった。

 そこにはたしか、広い駐車場があったはずだ。

 トラックが止まっていても不思議ではない。


「でも、ここから二キロあるんでしょう? バスやタクシーで向かっても、それまで相手がおとなしくしている保証はないじゃない」

「わかってる。だからこその作戦だ。ここからロケットを仙石に投げ飛ばしてもらう」

「あたしが!?」

「え、ちょっと待って! 今、投げるって言った? ねぇ、投げるって言ったよね?」


 一ノ瀬がなおもじたばたと暴れる。

 が、腕は肘から先しか自由にならない。

 天城はそのロケットに軽く手を触れた。


「仙石ならこれくらいのものを投げ飛ばすのは余裕だろう。電車を片手で止められるって聞いたことあるぞ」

「あれは話に尾ひれがついただけよ! 両手はいるわ!」

「ウソかと思ったら本当に止められるのかよ、こええよ」

「ねぇ、ちょっと待って! 投げるってどういうこと! オレどうなんの?」

「なに言ってんだイチ。お前のスキルなら着地の衝撃も緩和できるだろう」

「アマギン、さっきからざっくりしすぎてない? オレが敵に捕まったらどーすんの!」

「心配するな。ロケットの先端には煙幕を搭載しておいた。ロケットが着弾すると同時に縄もほどけるようにしてある。それでさらわれた三人を救い出したら、来た方向、つまり西に向かって脱出しろ」


 作戦はこうなる。


 まず、仙石に一ノ瀬を上川たちのいる場所まで投げ飛ばしてもらう。

 そのさいの衝撃は一ノ瀬のスキルで無効化。

 着弾と同時にロケットの先端から煙幕があふれ、目眩ましとなる。

 その間に一ノ瀬はさらわれた三人を連れて、逃げるのだ。


 この物干し竿がミサイルではなくロケットなのは、爆撃ではなく人を運搬する目的で使うからだ。

 非の打ち所はどこにもない。

 完璧な作戦だと自負している。


「そういうことじゃないよね! もっと根本的ななにかが間違ってるよね!」

「大丈夫だ。お前が出発したらすぐ、おれも自転車でそちらに向かう。そのためにここまで運んでもらった。それから――」

「ちょっと待った! 一ノ瀬の味方はしたくないけど、気になることが一つだけあるわ」

「ねぇ、この哀れな姿を見ても味方したくないってどういう心境? 委員長、鬼なの?」

「うっさい、一ノ瀬。ねぇ天城、あたしはどうやって行くのよ? 自転車は一台しかないわよ。まさか走れとは言わないわよね」

「走れとは言わない。イチを投げたらお前は帰れ」

「はぁ? なにそれ、どういうこと?」

「あまり大所帯でも身動きが取りづらいだろ。あとはおれとイチだけで十分だ」


 この後の作戦はどれも隠密行動だ。


 自分は別方向から密かに追手を撹乱し、逃走を助ける。

 そのための準備をしてきた。

 仙石の派手なスキルはむしろ邪魔になる。


「だから……って、おい。イチ、なにしてんだ」


 いつの間にか縛られたままの一ノ瀬が可能なかぎり手を伸ばして、天城の腕を掴んできていた。


「アマギン、これはいくらなんでも無茶がすぎるって! 考えなおそう!」

「やれやれ、仕方ないだろ。移動手段を持たない俺たちが車に追いつくためには多少の無茶も必要だ。それに、もうあまり余裕はない。今、向こうが動いていないのは……」

「そう、時間がないのよね? だったら、天城!」

「うわっ!」

「あんたごと一緒に投げてやるわよ!」


 地面に立てたロケットを仙石が片手で持ち上げる。

 さらにもう一方の腕で天城も一緒に持ち上げられてしまった。

 いつの間にか髪をくくって、臨戦態勢に入っている。


「お、おい待て、仙石! はやまるな!」


 両手両足をばたつかせるが、一ノ瀬に掴まれているせいもあってうまく暴れることができない。


「おい、放せイチ! これはシャレにならないぞ!」


 必死に一ノ瀬の手を引き剥がそうとするが、追い詰められているせいかやけに力強くふりほどくことができなかった。

 仙石の腕から逃れるなんてもっと無理だ。


「アマギン、自分の作戦には責任を持たないと。大丈夫、オレのスキルなら周囲も巻き込めるから。一緒に星になったうえっちを追いかけようぜ……!」

「なに落ちついて言ってんだ、タコ! 上川はまだ星になってねぇよ! おれはまだ星になりたくねぇよ!」

「男でしょ、覚悟を決めなさい。行くわよ!」

「ちょ、ちょ、待っ――!」

「うぉりゃあ!」


 大きく振りかぶった仙石は、勢い良くロケットを投げ飛ばす。


 天城と一ノ瀬の絶叫が、青空に浮かぶ雲を突き抜けるように響いた。


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