第11話「慟哭の東埼玉道路」(3)


(――失敗した!!)


 敵に接近を許してしまった場合、すばやく両手杖スタッフから、片手杖ワンドに切り替えて、攻撃力は落ちるが速攻可能な精霊魔法スピーリトゥスマギアを使うべきシーンだった。

 余計なことを考えていたせいで、流美は持ち替えさえできていなかったのだ。


 そのためだろうか。一般人・・・の倫の動きが、異様に速く感じた。


 勝手についてきていた20代の女性が悲鳴をあげた時には、もうその横に彼が立っていたのだ。

 襲ってきたARCアークの攻撃を間一髪、倫の魔法剣マギアソードが食いとめている。

 ほんの1、2秒前、すぐ横でニヤニヤと笑っていたというのに。

 流美が驚いている間にも、倫は魔法剣マギアソードで蟻型のARCアークのうち1匹を見事に打ち斃した。

 だが、同タイプのARCアークはあと数匹いる。

 倫が続けて魔法剣マギアソードをふるう。

 しかし。


――パリンッ!


 響く、ガラスの割れるような音。

 砕ける倫の魔法剣マギアソード

 今日、何度目かの破損。


「くそっ!」


 今日、何度か目の罵声。


「――クキリン!」


 割りこむ、庸介の合図。

 それだけで、大きく飛び退く倫。

 その背後で構える庸介。

 彼の手で牙をむく、短距離最強の短弓ショートボウAROアロー


「【九尾狩猟ハンティング・ナインテール】!」


 音声コマンド入力後、庸介が右手を離す。

 9つの光の矢が弓から伸びる。

 空気を揺らし、獣のような咆哮をあげる。

 光の矢は、不自然な軌道を描きながら空を舞う。

 そして、残っていた蟻タイプのARCアークをすべて貫く。

 いくつものキシキシというような奇妙な鳴き声が、付近の空間を支配する。



――Congratulation!!



 斃れ伏した敵は光となり、そして消えた。

 庸介も倫も、ふうっと肩の力を一度抜く。

 そして、二人はサムズアップして互いを賞賛し始める。


「…………」


 一方で、流美はうなだれていた。

 出番なしだった。油断していたことを後悔する。

 普段のゲーム中に、これほど無様に気を抜くことなど今までなかったことだった。


 だが、考えてみれば、それは長くても30分というリミットがある中での話である。

 すでにゲーム開始から精神が休まることなく、1時間近く経とうとしている。

 加えて、緊張感のレベルが普段と全く異なる。


 怪物に喰われる恐怖。


 そんなもの、味わったことがない。本当は彼女も怖いのだ。

 ここに来るまでも、襲われている人間をたくさん見ている。いつか、自分もあの立場になるかもしれない。

 そんな彼女の緊張は、もう限界に達していた。


 そして、それは流美たちだけではなかった。


「おい! なんでもっと早く助けないんだ!」


 怒りにまかせた声をあげたのは、流美たちに勝手についてきた一行に混ざっていた30代ぐらいの男性だった。握り拳を作り、目を見開き、頭ごなしに自分の主張をぶつけてくる。

 自分たちでは戦えず、ただの餌に過ぎない立場の彼らにしてみれは、流美よりも早く限界に達していたのだろう。


「そうよ! もう少しで食べられちゃうところじゃない!」


 さらに20代ぐらいの女性も、唾を飛び散らせながら苦情をあげる。

 倫に助けられた女性だった。それなのに、ヒストリックに倫、庸介を睨む。

 そして最後に、流美と目が合った。

 彼女の瞳の奥に、流美はくすぶっている何かを感じる。

 途端、まるで飛び火したように流美の中の感情が燃えあがる。


「ちょっと! 私たち、別にあなたたちを助けるなんて言ってないわよ!」


 流美も弾けるように怒鳴りかえした。

 目尻に力をこめ、自分でわかるぐらい眉間に皺を寄せて睨み返す。


「こっちだって、自分たちのことだけでも手一杯なんだから!」


 嘘ではない。庸介と2人でこれだけの人数をきちんと守り切るのは至難の業である。そしてもちろん、こんなシチュエーションは始めてだ。どうやれば効率よく守る事ができるかなんて知るわけがない。


 だいたい勝手についてきた者たちを見捨てたところで、誰にも自分たちを咎めることはできないはずだ。流美にしてみれば、そこまでして助けてやる義理などどこにもないのだ。

 ただ、それでも流美が彼らをなんとか助けようとしている理由は、ただ一つ。相棒である庸介が、貴重な魔力を使ってまで助けたからだ。それを無駄にさせたくないからである。

 しかし、流美は庸介ほど懐が広いわけではない。


「文句あるなら、自分たちで何とかしなさいよ!」


「なっ、なんだと! おまたち、見捨てる気か! 自分たちさえ助かればいいのかよ!」


 やはり、彼らの顔に感謝の色はない。

 あるのは、憤り、怖れ、そして混乱。


「だいたい、この怪物はARETINAアレティナにゲームとして表示されているじゃないか! ってことは、AROUSEアラウズをやってる奴らが絡んでんだろう!」


「そうよ! あんたらのせいで巻きこまれたんだから、助けるのは当然でしょう!」


 耳障りなヒステリックな女の声が、男のクレームに追従した。

 パーマのかかった茶髪、揺れるイヤリング、濃い赤の口紅。そのすべてが、急に憎々しい物に見えてくくる。その声が鼓膜を通ることさえも、流美には汚らわしい。


「そんなわけないでしょ! 私たちだって巻きこまれているだけなんだから!」


「嘘つけ! じゃあ、なんでゲーム画面なんだよ!」


「知るわけないでしょ!」


 彼らから浴びせられる罵声を弾きかえすように怒鳴りながらも、流美は吐き気を感じる。

 わかっている。心の奥底では、なんとなくわかっている。

 彼らは、怒りのぶつけ場所に餓えているのだ。怒りをぶつけて、憂さを晴らして、恐怖をごまかしたくて仕方がない。

 だが、その矛先を恩人であるはずの中学生に向けている大人。

 なんと醜いのだろうか。そう思った途端、流美の心が急激に冷めていく。


「はあぁ~……。守られているだけの大人のくせに、子供に責任をおしつけるなんて、よく恥ずかしくないわね」


 冷える心と一緒に、冷淡となる口調。ARETINAアレティナの奥で相手を蔑視する。


「なっ、生意気言うな! おまえこそガキのくせに、大人に対しての口の利き方が……」


 興奮したスーツ姿の男が、拳を握りながらズンズンと流美に歩みよる。

 流美は思わず、片手杖ワンド用のARMSアームズに持ちなおそうとする。


「それ以上、流美に近づくな!」


 だが、それよりも庸介の反応の方が早かった。

 彼はAROアロー短弓ショートボウを構えて警告を放った。

 血で汚れ、胴の真ん中に穴が服を着た庸介は、まるで映画に出てくるゾンビのような服装だ。その見た目だけでも迫力がある。


 だが、スーツの男は、ふてぶてしく鼻で嗤う。


「ふん! ガキがヒーローにでもなったつもりか! 勘違いするな! そんなのどうせARの弓矢だろうが! 当たっても痛くも痒くもねえぞ!」


 確かに、庸介のもつAROアローはARの矢を放つものだった。

 弓のAROアローを形成するために必要な物のは、アーチェリーでいうハンドル部分の形をしたARMSアームズ(AR Mount System)である。

 弓本体の上下リム部分、弦、そして矢は、ARで生成される。

 唯一、可動部分でARではないのは、弦を引いたことを表すために設けられた、ハンドル中央にある筒状のパーツだけである。構造的には、注射器みたいな形をしていて、押し子につけられたグリップを引っぱりだし、放すと矢が放たれる仕組みだった。


 そんな短弓ショートボウAROアローの中でも、庸介が持っているものは、近距離型で速射性に優れたレアアイテムだった。リム部分が円の外周を描くように曲がり、弓全体がまるで円のような形をしていた。


 その名を【玉輪の牙フルムーン・ファング】。


 もちろん、どんなレアアイテムで在ろうと、所詮はゲームのバトルフィールドの中だけの武器である。

 しかし今、ここはまさにそのゲームのバトルフィールドなのだ。

 弓をいつでも発射できるように構えたまま、庸介はわざとらしいぐらい力をこめて怒鳴る。


「忘れたのかよ! あんたらも強制的にプレイヤー扱いなんだよ! プレイヤーであるなら、ゲームのルールに縛られるはずだ!」


 流美は、改めてスーツ姿の男を見つめた。

 ARETINAアレティナの中に、【Type-Player】とまちがいなく表示される。そして、他のメンバーを見てみても、やはりその表示はでてしまう。

 AROUSEアロウズのプレイヤーとして登録していなくとも、ここにいる全員がプレイヤーとして登録されてしまっているのだ。


「くだらない! だからって、ARの矢が人間に効くわけがない!」


「それなら、人間を襲っている怪物だってARのはずだろう!」


「ああ、そうだ。そうだよ、ARだ。……だからな、あのARCアークとかいうバケモノも、本当は人間を喰っちゃいないんだ! 幻を俺たちに見せているに違いない! きっと、アウターチップから情報が脳に逆流して感覚まで狂わしてるんだ! だから……だから、俺の腕も戻った……じゃなく、そもそもなくなってなかったんだ! そうだろう!?」


 見れば、彼の左腕の袖は引きちぎられていた。そしてその切り口にはたっぷりの血糊がついている。

 彼はその切り口を見ながら、目尻を下げて、辛さを感じさせるひきつった嗤いを浮かべている。

 たぶん、彼は腕を喰われた時の恐怖と痛みを思いだしているのだ。だけど、それを信じたくない。自分の腕が怪物に喰われたなどありえない。なにしろ、ここに腕はあるのだから。流美には、彼の表情がそう語っているように見えた。


 しかし、ならばその千切れた袖は、染みついた血糊は、どう説明するというのだろうか。その感じた痛みも幻想だというのか。実際に触れることができることも、錯覚だと言いはるのか。


(アウターチップの逆流……あなたたちのであるわけないじゃない……)


 側頭部に埋め込まれたチップ、通称【アウターチップ】(正式名:脳波出力インターフェイスチップ)の「アウター」は「出力アウトプット」から来ている。脳波に情報を直接入力するのは、非常にリスクが高いことであり、一部を除いて脳への情報入力(インプット)は法律で禁じられている。だから、ARETINAアレティナから情報が逆流して、脳に直接刺激や幻覚などを与えることなどありえないのだ。


(なんて説明しても、きっと無駄ね……)


 わかっている。そんなことを問いつめても、男は認めないだろう。本人だって、本当はわかっている事なのだ。だけど認めたくない。だから、引くに引けない。


 対する庸介とて、本当に男を射ることなどできやしないだろう。そんなことをすれば、男に大けがを負わすことになる。優しい庸介が、そんなことするわけがない。

 それに当たり所が悪ければ、男が死ぬかもしれない。ARCアークが殺した人間は蘇っているが、人間が殺した場合に蘇るとは限らない。


「……よし、もういい。その武器を私に貸しなさい」


 庸介は撃てない。男もそれを察したのだろう。ニヤリと勝ち誇った嗤いを浮かべると、庸介に向かって一歩、足を進めた。


「子供が武器で戦うことがまちがっていたんだ。私がみんなを守って安全な場所まで案内するから、その武器を私に渡しなさい」


「ふざけんな! 素人が簡単に使えるわけないだろう!」


「お前……君のような子供ができる物を大人が使えないわけないだろう。貸しなさい」


「…………」


 横から見ていた流美は、手詰まりを感じていた。

 もちろん、相手にアイテムを譲渡するなど愚策だ。それはさすがの庸介もやらないだろう。あのレアアイテムは、彼にとっては宝物だし、この状態を生き残るには絶対必要なものだ。

 ならば、もう本当に撃って威すしかない。しかし、庸介にできるだろうか。

 流美は、とにかくなにか言おうと口を開こうとした。


「――喚起アロウズ、【魔法剣マギアソードファースト】!」


 その時、横から倫の力強い声が響いた。

 ふりむけば、倫の手には武器破壊から回復した魔法の剣が握られている。

 そして。


「……よし。とりあえず、斬ってみようか?」


 こんな状態なのに、彼はやはり不敵に笑っていた。

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