AROUSE《アロウズ》 〜バトルフィールド・オン・コシガヤ 〜

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

第一部「拡張中核市・越谷」

第一章「魔城・越谷レイクシティ」

第一話「夢の限界、越谷の限界(一)」

 ――僕の夢は、大それたものではない。


 かわいくって、多種多様な性格の女の子たちに囲まれ、仲間から頼りにされる。

 そして、世界の危機に迫る謎を解き、特殊な力をふるいながら、悪と勇敢に戦う主人公。


 ……え? 高望みだって?


 違う、違う。


 僕は、そんな主人公を飾る脇役……その一人になりたいのだ。


 本当に高望みをするならば、特殊な力もなく、戦っても大した戦力にならないのがいい。

 だけど、主人公が一番、心を開く親友という立ち位置だ。


 普段はおちゃらけているけど、影でなんとか主人公の力になろうと努力していたり、主人公が悩んでいる時に、的を射た指摘をして力になれる。

 そして最後は、主人公をかばって「お前の力は運命にさえ勝てるさ」とか、意味ありげなことを言いながら死んでいく。


 うん。オイシイ役じゃないか。


 主人公なんて、とうの昔にあきらめた。

 僕のような欠陥人間・・・・には、その資格がなかったんだ。

 だからせめて、ちょっとだけ目立つ脇役になりたい。


 それが僕の夢の限界だと思う――



   ★★★



 迫りくる巨大な炎の玉を避けるため、りんはやわらかな地面で大きく横に飛んで転がった。

 たとえるなら、小学校の運動会でやった大玉転がしの玉。あのサイズの火球かきゅうが、ゴオゴオという音を立てて、耳元ぎりぎりを通りぬける。

 その迫力は、恐ろしくて凄まじい。

 感じないはずの熱気・・・・・・・・・を感じて、逆にゾッと寒気さむけが背中を走る。


 大きな影と共に飛来した玉は、そのまま地面に衝突。

 鼓膜を破るのではないかというような爆発音が響く。

 そして、一瞬で霧散。

 しかし、地面には焦げ跡どころか、傷ひとつついていない。まるで何事もなかったように、そこは元のままの風景だ。

 その不自然さが、不気味さを強く感じさせる。

 それに駆りたてられたように、倫はその場からすぐ距離をとる。

 鉄でできた無骨な壁を背に、身をすばやく隠す。

 背筋に伝わる、ひんやりとした冷たさ。


(ああ。戦っている……)


 ふと、自分の口角がかるく上がっていることに気がつく。


(いかん、いかん……)


 そんな自分を戒めながら、敵が近づいていないか、辺りの様子に耳をそばだててうかがう。

 とたんに響いてきたのは、腹の奥を震わすような、いくつもの轟音。

 何事かと警戒しながらも、壁の上から様子をうかがう。

 数十メートル先で閃光。

 それは眩さをともない、地面に向かって走るいかずち

 かと思いきや、次に現れたのは鋭く尖った細い氷柱つらら

 高さ四〜五メートルの空間に次々と表れ、それが雨のように降りそそぎはじめる。


(うわぁ……。外から見るのと、こんなに違うのか……)


 炎の玉に落雷の雨、それに氷の矢……そう。こんな異常現象、現実にはありえない。しかも、これだけのことが、一〇〇メートル四方の世界でおこっている。その異常さは、格別だ。

 観戦は何度もしており、倫はその異常さをよくわかっているつもりだった。ところが実際に中に入ってみると、現実との違いに動揺するし、興奮もする。


(リアルなのに、こんなに感じられない・・・・・・とは。これは怖い……)


 火の玉は熱くない。矢が飛んできても風を切らない。

 一言で言えば、が襲ってくるのだ。対応が難しい。

 その難しさが楽しくもあるのだが、倫は自分が楽しむ立場ではないと戒める。楽しむよりも、自分には大事なことがある。

 まずは、少し落ちつかなければならない。


(…………)


 深呼吸を一つ。

 すると、今度はいつもの癖で、妙に冷静になりすぎてしまう。

 戦いの興奮や熱は消え去り、自分の状況を俯瞰するように見てしまう。


(うん、変だよね。越谷こしがやで魔法戦争とか……)


 埼玉県越谷市。

 都心から電車で一時間圏内にある普通の街だ。

 特徴といえば、二〇一五年には中核市になり、その後に業務核都市にもなっている。

 そのため東京圏の人口増加の受け皿として、埼玉県内では一、二を争う人口数だ。

 あとは河川が多め以外、大した特徴はない。

 もちろん、越谷にいると魔法が使える……などということはまったくない。


 ならば、自分が魔法使いのたぐいなのかといえば、そんなわけもない。

 胸の辺りに銀色で「Are you ready?」と意味なく書いてある黒のティーシャツと、紺のデニムズボン。

 どう見ても、魔道士とか陰陽師おんみょうじとか、そういう不思議な力を使いそうな雰囲気でもない。

 どこにでもいる、少しオシャレ度の低い中学生である。


 ならば、魔法のアイテムでも手にいれたのかといえば、そんなわけもない。

 確かに右手にあるのは、白色に光る魔法剣。

 今では、ほとんど使われていない蛍光灯。それにをつけたような剣は、動く度に空気を焼くようなチリチリとした小さい音を鳴らしている。

 その光のやいばは、激しい魔力の気流でできているらしく、よく見ると表面に一定の流れがある。

 それはまるで、うごめ刃文はもんのようだ。


 だがしかし、本当の魔法剣というわけではない。

 その強化ABS樹脂製のの中には、高精度ジャイロ、加速度センサー、距離計測用電波計などが内蔵され、正確に剣の動きをデータ化している。


 そのデータは、ゴーグルのような透過液晶と網膜走査の複合型ARディスプレイ【ARETINAアレティナ】に伝達され、魔法剣の刃がコンピューターグラフィックスとして実現されているだけだ。


 ただし、その現実感は凄い。

 網膜走査(網膜に直接映像を照射する方法)で表現された魔法の刃は、どう見ても本当に存在するかのようだった。


(でも、使い物にならないんだけどね、これ……)


 倫は心でひとつ。

 説明を聞いた時からダメだろうとは思っていたが、実際に使ってみてあまりのダメさにショックを受けた。

 だが、考えようによってはそれでいい。むしろ、倫にとっては好都合だ。


(……よし!)


 倫は狙っていたタイミングが来たことを肌で感じると、壁からバッと飛びだした。


 ――と、目の前に飛来する二本の矢。


「うわっ!」


 一本は、魔法剣で叩きおとす。

 が、魔法の刃は、当たった一本の矢と共に消失してしまい、まとめて他の矢を落とすことはできなかった。

 たとえ、一秒で刃が復活しようと、それでは遅すぎるのだ。


 これが現実に縛られた、魔法剣の限界というわけだ。

 この使えない仕様のおかげで、残り一本の実体のない鏃が、右ももを突き抜けて裏側に顔をだしている。

 痛みはないし、もちろん血もでない。

 こうなることも覚悟していたし、数秒で消え去ることもわかっている。としても、自分の脚に矢が刺さる映像を目にするのは嫌な気分だ。


(だが、よし。生きている……)


 視界の左上には、「HP:11%」という表示。

 先ほどまで「25%」と表示されていたので、今の矢の攻撃で一四パーセントほど失ったことになる。

 簡易表示なので率でしかわからないが、少なくとも今の攻撃をあと一発でも喰らえば、倫は終わってしまう。

 つまり、敵は油断するはずだ。


(出てきたな……)


 倫は気配を感じて視界を上げる。

 一〇メートルほど先に立ちふさがっているのは、矢を放った敵。金髪に染めた男子高校生だが、弓を構える姿は様になっている。

 ただ、見た目のセンスは疑ってしまう。ビンテージっぽいジーンズに、妙に明るい水色のジャケット。中はよれたピンクのティーシャツ。その四肢に、不釣り合いなレモン色の円形防具が飾られている。

 倫とてセンスがよいわけではないが、これはいただけない。


(防具の色ぐらい変えればいいのに……)


 防具の色は、簡単に変えられるはずである。なにしろ、この防具は倫の魔法剣と同じく、現実に存在するわけではない。コンピューターグラフィックスの【魔装具アルマトゥーラ(AR Mount Armor Transform Layer)】と呼ばれる、ゲーム内ポイントでもらえるアイテムの一つだ。


 倫もできたら魔装具アルマトゥーラが欲しかった。しかし、ゲーム内ポイントは、試合をしなければもらえない。初めてのプレイで倫がもらった初期ポイントでは、初心者向け武器ぐらいしか手にいれられないのだ。

 それに対して、魔装具アルマトゥーラを持っている目の前の敵は、かなりの経験者であるということを物語っている。

 倫とは大違いというわけだ。真っ正面からやれば、勝てるわけがない。


「あばよ。シロート!」


 金髪頭きんぱつあたまの口元が、勝ち誇ってわらっていた。

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