9.秘密

「はぁ、はぁ……。づかれだー……。もう走りたくないぃぃぃ……」


 走り始めて5分ほど。

 リタは舌をだらんと出して、ぜぇぜぇ言いながら駄々をこねていた。


 ちなみに、アバターが走れる距離は現実世界で自分のスタミナに比例している。


「バテるの早すぎだろ! ちゃんとリアルで運動してんのか!?」

「うぅ〜……。だって〜……」

「だって何だよ! 言い訳すんなよ!」

「できない、から」


 少しトーンを落としたその声に、俺の心臓はドキンと飛び跳ねる。


「……どういうことだ?」

「……」


 何気なしに言葉を返したが、リタは少し重たい表情を浮かべて黙り込んでしまった。

 うへぇ……。俺、地雷踏んだかな?


「あ、いや、別に答えなくていいんだ。独り言だから――ッ!?」


 前方に敵を発見する。が、背中はこちらに向けたまま。完全に油断している。

 まだこちらのことは気づいていなさそうだ。

 ――ならば気づかれる前に……殺るッ!


 俺は腰からサバイバルナイフを取り出すと、小さく構えながら突進していく。


「あいつらは俺が殺るから」


 俺の失言(?)のせいで変な雰囲気の中、隣で走っているリタに小声で呼びかけた。


「……う、うん」


 意識が上の空にでも飛んでいたのか、若干遅いテンポで返事が返ってくる。


 その言葉を合図に俺は加速した。

 敵に見つからず抹殺する――スニークキルだ。


 ターゲットは四人。

 銃を横に持ち、NPC同士で会話してやがる。

 呑気な奴らだな。


 俺は極限まで近づくと、敵の一人に、右手に構えたナイフを大きく振り下ろした。


『ギャアァァァァァァァ!』


 突然の断末魔にギクリとしたが、今は目の前の敵に集中。

 続けて隣の兵士の首元にナイフを突き立てた。

 肉を突き抜けていく感触。ゲームの中なのに妙にリアルで気味が悪い。


『……コヒュー』


 気道に刺さったのか、空気の抜ける音がする。

 俺はナイフを抜くために、そのNPCの体を前に押し倒した。


「危ないっ!」


 少し後ろで控えていたリタが叫ぶ。

 残りの二人が俺を察知したのだ。

 俺と同じく、サバイバルナイフを取り出した敵が俺の首元狙ってナイフを振り回し――


「……ッ!?」


 咄嗟の判断で軽くしゃがみ、敵の攻撃を避けた。

 あっぶねー。


 NPCのサバイバルナイフは大きく空を切り、NPCの体がぐらついた。チャンスだ。


「オラァァァァァァァァァァァァ!」


 怒鳴りながら、その腹部に死に物狂いで突進する。


「――ガハッ!」


 背中から地面に打ち付けられたNPCは苦しそうなうめき声を上げた。

 が、すぐにNPCはしぶとく持っていたサバイバルナイフを突き出してくる。

 その刀の部分を手で握り込み、顔の前で必死に抑える。HPゲージがガンガン減っていくのが見えた。


「じっとしてなさいよ!」


 またもや飛んできたリタの声。

 言葉の意味が分からず、リタの方へ目をやると、そこには拳銃を両手で構えたリタがいた。


 ――パスッ、パスッ


 乾いた銃声が鳴り、リタの拳銃が残りの敵の命を奪う。

 いつの間にか〝サプレッサー〟まで装着しているあたり、プロの仕業だな。俺がスニークキルに至ったことを理解してやがる。


 とりあえずはクリア、だ。

 頭から血を流して白目をむいているNPCを振りほどき、ゆっくり立ち上がる。


 にしても、意外と手間取っちまった。まだプレイヤースキルが足りてねぇのかなぁ。


 弱い自分が嫌になって、大きなため息が漏れ出てしまう。


「あの……その、ごめんね?」


 遠慮がちに切り出されたリタの声。


「え? 何が?」

「いや、そのバックアップとか遅くなっちゃって……」


 確かにリタのバックアップは遅かった。

 けどそれは、俺が〝一人で殺る〟と宣言したからだし、元より援護してもらう気はなかったからだ。


「あ、いや、別に気にすんなよ。無謀にも俺一人でやっちまおうってのが悪かったんだからさ」

「でも……ため息」

「ため息?」

「怒ってるんでしょ?」


 目を伏せてしゅんとしてしまうリタ。


 はて、ため息……?

 言われて少し考える。


 ――あぁ、こいつは俺が戦闘終わった後に大きくため息を吐いたことを気にかけていたのか。


「違う違う! あれは俺が雑魚過ぎて嫌になったんだよ。こんぐらい一人で殺れないとか酷すぎだろ……」

「なんだぁ……そういうことか……。よかったぁ……」


 さっきからリタと共闘していて気づいたことがある。

 リタはのだ。

 多分、リタは〝ガチ勢〟だ。いや、だったんだろう。


 ガチ勢とはゲームをゲームとして楽しまず、本気で、勝つためのプレイをする集団のことだ。

 そのためには暴言もいとわず、敵味方関係なしに怒鳴りつける。勿論声を荒げない紳士もいるかもしれないが、そんなのは稀だ。

 そんな環境の中プレイしていると自然に謝り癖が出てしまうのは仕方ないのかもしれない。


「謝らなくていいぞ?」

「えっ?」


 虚をつかれたように、一瞬視線が揺らぐリタ。


「多分、謝る癖ができちゃってんだよ、リタは」

「……」

「俺は非ガチだ。だから一々謝る必要はないからな」


 呆然と立ち尽くすリタを背に、歩き始める。


「……わかった」


 たたっと駆け寄ってきて、小さく呟いた。


「あ、あとさ、あたしが言うのもなんだけど、アンタ意外といい線行ってるわよ?」

「お、マジで?」

「うん、マジマジ! だからさ、アンタこそ自分のことを貶すようにため息しなくていいわよ!」


 リタは雲が晴れたような笑顔で断言した。

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