5.ボーイ ミーツ ヤクザ

「着いたわ。ここよ」


 軽く歩いて10分ぐらいだろうか。

 辺りは薄暗く陰湿いんしつで、街の一部とは思えないほどの不気味さを感じる。


 なんで街にこんな場所があるんだよ……。


 ブルッと身を震わせながらリタに話しかける。


「こんなとこにあるショップってゴミしか売ってなさそうなんだが……」

「逆よ。こういうところだから逆に狙い目なの。これからも来るかもしれないからこの場所を座標指定しときなさいよね」

「え、マジで?」


 またこんなとこ来なくちゃいかんのか? できれば今日でさよならにしたいんだが。


「もちろん」と呟くと、リタは躊躇ためらうことなく、そこにあったショップに入っていく。


 暗闇の中にポツリとたたずむ1階建ての古びた店舗てんぽ



――『Killer』



 黒い板に赤いペンキで乱暴に書かれたその文字が、その店の荒々しさを体現していた。


 ……完全に危ない店だった。


 吸うと気持ちよくなっちゃうオクスリとか売ってますかね?


 こんなところで突っ立っていても仕方がないので、恐る恐る店内に踏み込んだ。


「いらっしゃい!」


 野太いかけ声と共に、店員らしきおじさんが奥の棚からヒョイと顔を出す。


 タンクトップの袖から覗く筋肉質なゴツい腕。

 ヤクザ顔負けのいかつい顔面。

 角刈りにカットされた髪の毛。


 完全にアッチ系ってか、もろヤクザだった……。


 アッチ系のおじさんは眉をひそめると口を開く。


「悪いが坊主、この店は一見さんはお断りなんだ」

「ひぃっ……はい……」

「もしうちの店で買い物をしたいなら、誰かからの紹介を――」


「待ちなさい、ハマー。その冴えない男は私の紹介よ!」


 横の棚からたたっと飛び込んできたリタが、ハマーと呼ばれた男の声をさえぎる。

 最初から説明しとけよ! こっちは冷や汗たらたらなんだぞ!


「わっははは! そうか、リタのお友達か!」


 ハマーと呼ばれた男は豪快ごうかいに笑うと、握手を求めるかのように手を差し出してきた。


「オレの名前はハマーってんだ。これからよろしく頼むぜ」

「お、俺はギンガって言います。よろしくお願いします」


 恐る恐る手を握ると、手の関節が砕けそうなほど強く握り返された。


 いっでぇ!


 戦場では銃で撃たれても、軽い衝撃を感じることぐらいしかないが、街では普通に痛覚があるのだ。


「ははっ、男の癖に力が弱いなぁ」

「ちょ……やめ……」


 ハマーはそのまま手を上下にぶんぶん振りまくる。

 これリアルだったら手の骨粉砕しとるぞ!

 俺が助けを求めてリタの方へ顔を向けと、リタは楽しそうに笑っていた。


 ……コイツ。


 少し泣きそうになってハマーの方へ向き直ると、ハマーの顔は少しくもっていた。


「オレ、そんなに恐いか?」


 俺の表情から読み取ったのか、そう言うハマー。


 当たり前だろ! 鏡見て来いよ!

 ……とは流石に言えないので、


「い、いやぁ、そんなことないっすっよ!む、むしろ……」


 むしろ、どうなんだろうか。

 このおっさんを恐い以外にどう表現したら良いだろうか。


 このおっさんはマジで恐い。本当にそれだけだった。


「かわいいっすね!」


 ……俺、何言ってんだ?


 一瞬、場の空気が静止する。

 呼吸をすることすら気が引ける時間。


 カチカチと店内の時計が時を刻む音が大きく感じられた。


 もうダメだ……と目を瞑った瞬間、リタの笑い声が店内に響き渡る。


「ぷっ……。あはっはっはっ」


 お前、殺されるぞ!


 ビクビクしながらハマーの様子をチラリとうかがうと、


「おう……そ、そうか?//」


 なんで照れてんだよ! おかしいだろ!

 頬を赤く染めて「あら、やだ」とか言ってるハマー。


 最悪だ。


「す、すいません! 間違えました! 男らしくて良いと思いました!」


 一気にまくし立てる。


「そうか……。別にかわいいって言ってくれても良かったんだぞ?」


 ハマーはもじもじしながら、上目遣いで問いかけてくる。


 ……キメェ!


 おっさんがそんなことすんな! 殺すぞ!


「で、ハマー。あたしたち今日は武器を買いに来たの、この男のためにね」


 一頻ひとしきり笑い終えたらしいリタは、話を本題に突入させた。


「ほう……。予算はどんなもんだ?」


 先ほどの表情とは打って変わって真剣な表情を浮かべるハマー。

 商人の目って感じだ。


「そうね、1万Gから2万Gってところだわ」


 ん?


 さっき俺、1万Gしか持ってないって言ったよね?

 間違えてるんじゃ……。


 リタにこそっと耳打ちをする。


「おい。俺、1万G超える買い物はできないって――」

「いいの。超えた分はあたしが払うから」

「そ、それは……」

「これで部屋の分はチャラにしてよね!」


 こんないい奴だったっけ?


 けど部屋代と言っても、一月ひとつきたったの1G《ゴールド》だ。

 何か裏があるんじゃないか……と思いながらも、リタには一応感謝しておく。


 案外良いとこあるじゃねえか。


「どうした?」


 こそこそ話し合う俺たちに、ハマーが怪訝けげんな顔をして尋ねてくる。


「いえ、こっちの話よ。それでどうなの? 何か良い武器はある?」

「オレが扱ってる武器は全部良いぜ。ギンガ、お前のメイン兵種はなんだ?」

「うーん、なんだろうなぁ」


 そう言われてしばし考え込む。

 今まであまり兵種とかは考えずにプレイをしてきたからだ。


 大体使う武器は支給品だしな……。

 でも、一番よく使うのはスナイパーだしな。


「俺はスナイパーですね」

「はぁ!? アンタ何言ってんの?」


 リタが横から口を挟んでくる。


「アンタみたいのがスナイパーできる? いや、できるはずがないわ」


 なんだよその古典の反語みたいなの。勝手に否定するなよ。


「だって……良くやるんだもん」

「それは分隊での話でしょ? あれ、弱い人になればなるほどスナイパーが支給されちゃうのよね」


 不満げな顔で愚痴ぐちを漏らすリタ。


「スナイパーっていうのは扱いの難しい武器なの。それを持つ人にはある程度のAIM力と立ち回りの技術が必要なの。それを分かってないからアンタはキルレ0.5の雑魚なのよ!」

「う、うるせえよ! ちょっと自分が強いと思って……。ただの廃人のくせに!」


 俺たちの間で視線が激しくぶつかり合う。


「まぁまぁ落ち着け二人とも」


 ハマーが俺たちの間に割って入り、たしなめた。


「とりあえずギンガの今の状況は分かった。ちょっとついてきな」


 そう言って、ハマーは店の奥へと歩き始める。

 俺たちは互いに顔を見合わせて、共にハマーの後を追った。

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