泥棒は罪と許しについて考える。
「ふっふーん。光平は偏屈ジジイだからね。それくらいのことは言うと思ってたよ」
ひどいことを言う奴だ。偏屈は認めなくはないが、ジジイと言われるほどでもない。
非難がましく見つめてみるが、里見は胸を張って、堂々と、訳の分からないことを宣言する。
「あたしと春樹が持っているMKPを、全部光平に譲渡します」
「はあ?」
突然何を言い出すんだ、この娘は。
「春樹が最初に交番の話で10ポイントもらったでしょ」
確かに、あの時に動揺してそんなことを口走ったな。それがどうした。
「で、あたしがクイズで20ポイント。その時光平も10ポイント貰ってたよね」
そうだ。
あの時、真面目な顔でポイントを進呈したのは空だった。
「それから、生理用品のことで、15ポイント貰ったよね」
そうだそうだ。そういえばそんなこともあったな。
MKPというしょうもない名前を里見が付けたのは、その時だ。
良くそんな、くだらないことを覚えているな。
「で、卒アル作戦の提案の時に10ポイント。光太郎が変な電話をしてきた時にまた10ポイントもらったよね」
そうだっけ。
特に電話の時は若干動揺していたから、正直あまり覚えていない。
気軽に随分大盤振る舞いをしてしまったもんだな。
「それで、耶麻高校に卒アルを見に行って、英さんの写真を送って25ポイント。足すと?」
「足す…と?」
えっと。
山で春樹に10ポイント。
クイズで合計が30ポイント。
生理用品で15ポイント。
卒アルと、電話の時のを合わせて20ポイント。
最後が一番の大盤振る舞いで、写真のデータに25ポイント。
40の、55の、75の……
「100、だな。それがどうかしたか」
「忘れたの? 100ポイント溜まると、どうなるかって」
忘れる以前に覚えようとしていない。
どうなるもこうなるも、どうにもならないだろうに。
「あの時ね、光平は、100ポイント溜まると、すべての罪が許されるって言ってたよ」
「はあ?」
そんなことを言ったっけ。
言ったような気もするが、そんなの、冗談というか、大嘘に決まってるだろう。
「嘘は嫌い、なんでしょ。ってことはこれは、本当じゃあないと理屈が通らないよ。ね。あたしと春樹のポイントを、もったいないけどあげるよ。それで、これまでのすべての罪は許される。これでどう?」
里見は厳かに、託宣かのように言う。
どうもこうもない。詭弁どころか屁理屈にすらなっていない。そんなもんで罪が許されるなら、キリストはなんのために十字架に貼り付けられたんだと言って、世界中のクリスチャンがロンギヌスの槍だかなんだかを持って襲い掛かってくるだろう。
ただ。ただ、自信あふれる里見の顔を見ていると、なんだか納得してしまいそうになる。だから目を逸らして空の顔を見る。そしたら、空はにっこりと笑う。
笑うところじゃあない。期待しても無駄だ。
ダメだって。どう考えても。
そんなことで許されるようなことじゃあないはずだ。はずなんだけど。
空の笑顔から目が離せない。
俺は、こいつともう少し一緒にいたい。
もっと教えてやりたいことがあるんだ。
もっときれいな空も見せてやりたいと思っていた。
宇宙人が地球でいつまでも幸せに暮らす物語を、もう少し考えても、みたいんだ。
だから。
「許されて、いいのか」
そう口走ったことを許してもらうためには、今度は何ポイントが必要なんだろうか。
それから。
空が納得するまでは、空と一緒に暮らすことにして、そして、もう『悪いこと』はしないと言う。猫美だけは少し引きつったような顔をしていたが、みんな笑顔でそのことを喜んでくれる。
なんだこの世界。優しすぎるだろ、俺に。
どうかしていると思った。
だから、俺もどうかしているようなことを言いたくなった。
「ああ、そのな、なんだ。里見と、甲賀。お前らさ」
「何?」「なんすか?」
「なんだ、ええとな、ちょっと待ってくれ。心の準備が必要なんだ」
「え、何? ちょっと怖いんだけど」
「そのなあ」
言葉に出す決心がなかなかつかない。でも、ちゃんと人の話を聞いた方がいい、人と関わった方がいい、というのは今回の件で身に染みた。だから。
「あのな、お前らさ。俺と、友達にならないか」
「はあ?」「友達ぃ?」
「悪人ではあるが、改心はした。その、お前らは大したもんだと思う。これからも、たまに会って話をしたりしたい。どうだ?」
里見と甲賀は顔を見合わせる。そして、二人して爆笑しだした。
「あははははは、きょ、今日の光平、あは、あはは、マジで、あはは、うける」
「三十の、はは、おっさんが、ははは、高校、生に、はは、友達になろうって、はははは」
憮然とするが、言われてみれば確かにそうだ。
「いやすまん、撤回する。その通りだ。ただ、空とは仲良くしてやってくれ。こいつは、放っておいたらどうしようもない奴に頼みごとをしたりするからな」
「い、いやいや、なります。なりますよ友達。なりましょう、ぜひ!」
「そ、そうだね、なろうなろう。ていうか、もう友達だよ。だいじょぶだいじょぶ、あははは」
言わなければ良かったかな、という気もするが、悪い気がしない、というのも事実だった。
「そうか、ありがとな。よろしく頼む」
「くく、よろしく、お願いします」「よろしくお願いします」
「そ、その、なんだ。わ、私もその仲間に入れてもらえないか」
顔を赤くして猫美が言う。
「猫ちゃんはこっちからお願いしたいくらいだよ! もう友達じゃなかったの」
「もちろん、こちらこそお願いします」
おい、お前ら、俺と対応が違いすぎやしないか。
「あの、私は」
空が割り込む。さみしがり屋か。
「友達に決まってるじゃん」
「ええ、そうですよ」
「そうだ、友達だと思っているよ」
声を揃えてすぐに答える。そうだな。みんなで仲良くやるといい。
「光平は」
ぼんやりしていると、空に尋ねられた。それで気づいたが、この質問、即答できない。
「空か。空は、なんだろうなあ、友達とは違う気もするし」
一番近い概念としては娘だと思うが、娘っていうのもなあ。
「まあなんだ、これからゆっくり考えて行こう。俺たちはな」
「はい」
名前がつかない関係性、というのを試してみてもいいだろう。そう思った。
俺まで忘れかけていたが、本題は空の母親が判明したことだったので、長内に連絡し、家庭裁判所に審理を出す日程を調整してもらったりをする。裁判の前に空を連れて、英と一度会った。
「おかあ、さん、と、呼んでも、良い、ですか」
空がそう言うと英は泣き崩れてしまって、だからまあ、親子ってことでいいんじゃあないかと思った。資格とか、そういうことは、必要ないんですよ。
「怒ってないの? 許してくれるの?」
「私は、何も、覚えていないので、怒っては、いません。だから、許す必要も、感じて、いません。でも、もし、どうしても、許して、欲しいなら、光平が、ポイントを、くれますよ」
「ポイント?」
「それはその、宇宙的ジョークというか、忘れてください。どうしても必要なら100ポイント貯めてください。ただ、空が怒ってないっていうなら、もういいんじゃあないですか。ちょくちょく顔を出しますが、しばらく空は俺と一緒に暮らします。なんだったら、遊びに来てください」
そう言って、空を連れ帰った。英と一緒に暮らした方がいいんじゃあないか、親子だし、とも思うが、それを提案すると空が怒り出しそうだったし、何より俺が空と一緒に居たいというのも本当だから、そのへんの仁義は敢えて無視した。
このくらいの我儘は、許されてもいいだろう。なんだったらまたポイントを貯めてもいい。
父親は良く分からないということだったので、空は母親の、つまり英の戸籍に編入されることになり、それなりに時間はかかったが就籍許可証とやらを貰って、それを役所に提出し、ようやく空は正式に地球人になり、戸籍を持つ「英 空」になった。漢字二文字になっちまったな。ちょっと落ち着きが悪いがまあ、しょうがない。
家に帰って一息つくと、空が面白い悪戯を思いついたみたいな顔をした。
その顔は里見から学習したんだな。本当に物覚えがいい。
どうかしたかと尋ねる。口角を上げて、空は答える。
「はじめまして、私、英、空、と言います。地球のことを、どうぞ、いろいろと、教えて、ください」
言われなくても、教えてやるさ。泥棒は厳しいんだ。覚悟しておけよ。
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