第五章:泥棒は宇宙人に振り回されていた。

泥棒は混乱する。

 体が重くて目を開けると空が俺に抱きついていた、というかのしかかっていた。

 光平、光平、光平と俺の名前を呼び続ける。はいはいはい。夢のパターンですね。ようやく気付いたことであるが、俺は何かちょっとした区切りがあるたびに、どうやら夢を見るらしい。


 空は、もう俺に鍵も返して、一人で生きていく決意をしている。そうしろと俺も言った。物覚えの良い奴だから、空はちゃんと言われたとおりにやっている。

 それなのに俺はまだ、空が俺の名前を呼んで、抱きついてきたりすることを期待しているらしい。俺は馬鹿で、悪人で、前に猫美も言っていたが、ちょっとしたケダモノなのかもしれない。


 でもまあ、夢でくらいはいいだろう。


 空の頭を撫でてやる。そして言う。

「本当はな。お前ともっと一緒に居たかったよ。お前にもっと色々なことを教えてやりたかった。お前が飯を食ってるところを見るのが好きだ。バルだったか、肉の店な、あそこも行ってみたかったな。お前にまだ、昔話の続きだって、してやりたかった。そして、お前の頭は撫で心地がいい。もっと撫でてやりたかった。警察のおっさんにも、里見にも、猫美にも怒られそうなことではあるけどな」

 空が少し、微笑んだ。もう笑顔は見られないかと思っていたので、それが少し、俺の心を安定させる。たとえそれが、夢だとしても。

「そうだ。そうやって笑ってろ。大丈夫だ。これから沢山良いことがあるからな」

「本当、ですか」

「本当だ。俺が保証したってどうってことはないが、まあ、保証するよ。良いことが沢山ある。そのはずだ。そうじゃなきゃあ、いけない」

「違います。光平が、私と、一緒に、居たいというのは、本当ですか」

「本当だよ。言っただろう。嘘は、嫌いなんだ」

 素直に答える。

「それは、嬉しい、です。私は、それを、嬉しいと、思います」

「そうかい」

「だから、光平。光平と、一緒に、居てはいけない、というのは、やめてください。光平は、悪いことを、していたかも、しれないけれど、悪いことをしたら、反省して、謝って、もうしなければいい、とも言っていました。そうしたら、いいんじゃ、ないですか」

 そう簡単に方向転換はできない。腰に来るからだ。

 ただ、これは夢だ。もう分かってる。だから俺は、素直に答える。

「それも、いいかもな。お前と本当に、なんでも屋でもやるか。とりあえず、あのおばさん、いや、お姉さん、も違うなあ。あの奥さんのところでバイトさせてもらって。ここをオフィスにしてか。それも悪くないな」

「はい。そうしましょう」

 そうだな。そんな夢も悪くない。目を覚ましたくないな、と少しだけ思った。


「なぁんだ。せっかく色々準備したのに、光平結構素直じゃん。意味なかったかなあ」

 里見の声が聞こえる。こいつもそういえば、夢の常連だ。

「真城。君、君はその、なんだ、いや、良いことなんだが、その、ううん、良いのかなあ。撫で心地がいいって、君はその」

 猫美の声もだ。こいつはいつも、電話出演ばっかりだったな。

「真城さん、あの、俺らもいるんで。その、なんていうか、堂々といちゃつかれるとちょっと目に毒というか」

 続いて甲賀。ということは次は、タコ足の異星人か?


 残念ながらと言うべきか、幸運にもと言うべきか、タコ足の異星人は出現せず、普通の恰好をした里見が、俺に言う。

「ま、じゃあこれで仲直りってことで、いいよね。さ、空ちゃんのお母さんの話、聞かせてよ」

「別に喧嘩はしていないから、仲直りというのは違うと思うが」

 いつまでものしかかり続ける空を無理やり引き離して起きあがる。

 案の定、猫美と里見、そして甲賀が枕元に立っていた。

「あのな。空の母親の話をするのはいいが、どうせ俺は起きたらまた、現実のお前らにもその話をしなきゃあならない。夢のお前らには勢ぞろいしてもらって悪いと思うが、二度手間になるからな。起きたときに、また話す。それでいいか」

 そう言ってやる。というか、俺の夢の登場人物なんだから、同意をとるまでもないだろうけど。


 俺の答えを聞いて、全員、目を丸くしている。そして。


「夢? 夢って、ぷ、あはははははっ、こ、光平、夢だと思ってるんだ、あは、あはははは、マジうける」

 里見が笑い出した。夢だと思っているって、だって、そうだろ?

「夢……だろ、おい。え?」

「夢の中だと君は平気で空さんの頭を撫でまわしているのか。やはり真城との同居は考え直した方がいいんじゃあないか、空さん」

「私は、光平に、撫でられるのが、好きですが」

「いやあ、結局十六歳だったんですよね? 条例違反になるから、マジで気を付けた方がいいと思いますよ」

 俺が質問しているというのに、猫美も空も甲賀も、口々に、好き勝手なことを言う。里見はひーひー言いながら腹を抱えて笑いづけている。


「ちょっと待て」

 立ち上がる。頭を振る。頭が痛いな。二日酔いだ。酒に弱いんだ。

 ベタすぎるが頬をつねる。


 痛い。

 なにこれ。嘘だろう?


「落ち着け」

「う、ふふっ、お、落ち着いてないのは、こ、光平だけだと思うな、あ、だめだ、うける、あはははは」

「そうだ。わたしが君にそう言いたいところだ」

「だから、落ち着けって」

「だから、俺らは落ち着いてますって」

 はあ? 


「説明を要求する。どういうことだ。これは、現実か?」

「むしろなんで夢だと思ったの」

 だってそうだっただろ今まで。そのパターンで来てただろうが。

「なんだそのパターンとは」

 いや、これは、その、説明が難しいんだ。いや、それより。

「お前らどうやって家に入った」

 そう。昨日俺はきちんと鍵を掛けて寝た。石君が何かを言っていたからだ。チェーンは掛けていないが間違いなく鍵は掛けた。そしてこの家の鍵は俺以外持っていない。空は封筒に鍵を突っ込んで、送り返してきたはずだった。

 だからやっぱりこれは夢だ。そのはずだ。


「やっと聞いてくれた」

 里見が嬉しそうに言う。そして、空を指さす。

「空ちゃんがね、鍵を開けてくれたの。それで、あたしたち、ここに入ってこれたんだよ」

 自分が大手柄を立てたかのように、そう胸を張って里見は言う。


「はあ? 鍵は返してもらったぞ。それに確かに俺は昨晩、鍵を掛けて眠ったはずだ。悪霊が……いや、それはいいとして、やっぱ夢だろ。これ。それとも、合鍵でも作ってたのか?」

「違う違う。鍵なしで、その、なんていうのこういうの。ピッキング?」

「なんだそりゃあ。犯罪だ」

「はい。悪いこと、ですね」

 空はにこやかに微笑んで、そう言う。

「嬉しそうに言うことではない。何を考えている」


 空が何を考えていたのか。


 混乱した頭で理解するのは、ちょっと難しい話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る