泥棒は宇宙人について話し合わざるを得ない。

 人生に目的なんてあるとは思わないが、少なくとも、高校生の口車に乗って、自称宇宙人の女の子について話し合うという訳の分からない事態を呼び込むことが人生の目的であろうはずもなく、そんなことを目指して相変わらず苛立った夜の街をスーパーカブで走らなくてはいけないというのは、いったいどの悪行が影響しているのか。泥棒であることが宇宙人を呼び込むのだと、まさかそういうこともないだろうけれど、なぜか頭の中には因果応報という言葉が巡り、そんな因果があってたまるかと必死で打ち消しているうちに、駅前に辿り着いた。


 駅の駐輪場にカブを停めて、ホテルのフロントへ向かう。地下鉄で先行した三人組は既にそこに待っており、なんかこう、疲れたなあ、と思いながら、部屋へ案内する。

 一人部屋なのであまり広くはない。部屋に一つだけあった椅子に座り、残り三人はベッドを椅子にしてもらう。そのベッドの上で立ち上がり、里見は高らかに宣言した。

「宇宙人ちゃんの素性当てクイズ!」

「あのな、わりといいホテルとはいえ、あまりにもうるせえと隣から苦情が来るかもしれん。もう少し静かに。あとクイズってなんだ」

「クイズ・イズ・クイズ。いきなり宇宙人ちゃんの話を聞いてもいいけど、それだけじゃつまんないでしょ。春樹はもう10ポイント持ってるし」

「なんだそのポイント」

「光平があげたんじゃない」

 そういえばそうだった。でもそのポイント、何の意味もないんだけどな。

「そういうわけで正解したら50ポイントね。設定が一つ合っていたら、おまけで10ポイント。評価すべきところがあれば、実態に即してなくても5ポイント。どう?」

「もうどうにでもしてくれ」

 ふて寝したい気分になる。ベッドの方を陣取るべきだった。

「じゃ、まずは春樹から」

「え、俺?」

 甲賀はとまどいながらも、あごに手をあてて考え始める。

「なあ」「何?」

「さっきから思ってたんだがな、甲賀が金持ちの息子で、里見は使用人の娘、なんだよな」

「そうだよ、それがどうかした?」

「いやその。立場が逆というか、なんで里見の方が偉そうなんだ?」

「うっわ、古いよそういう考え。職業に貴賤はないって習わなかった? 春樹のお父さんは確かになんかお金持ちで、あたしのお父さんは春樹の家で働いてるけど、別にどっちかが偉いってわけじゃないじゃん。現に、春樹ん家は、あたしのお父さんいなくなったら困ると思うよ。すっごく。だから、あたしが春樹に気を使う必要なんてないでしょ? 別に」

「その意見には賛成だが、二点疑義を呈したい。1、職業に貴賤はないというわりに、さっきなんでも屋に対して批判的意見を言われた記憶がある。2、だとしたら里見と甲賀は平等であるべきで、里見が上に立っているように見えるのは筋道が立たない」

「1、貴賤はないけど、社会的評価の高低はあるじゃん。それはしょうがないよね。あたしと春樹の間に限って言えば、職業による貴賤がないからあたしが春樹に従う必要はない、ってだけで、それと社会の評価は別でしょ。それで、なんでも屋、みたいな自営業って、よっぽどのことがないと社会的評価は低いよ、そりゃ。クレジットカードとか作れるわけ? 2、これもさっきとほとんど同じだけど、職業による貴賤はないけど、付き合いの中でやりやすい形があるわけ。それがたまたま光平にはあたしが上、って見えるだけでしょ。だから結局、親の職業はあたしたちの関係とは無関係ってこと」

 良く口が回るガキだ。しかしまあ、言われてみりゃあ間違ったことは言っていない気がする。クレジットカードは作れるが。

「良く分かった。理解した。ありがとうな」

「どういたしまして。さ、春樹、シンキングタイムはあげたよ。どう?」

「あー、うーん、えっと……その、これ、地球人説はだめなんだよな?」

「それはだめ」

「そうか、分かったよ」


 甲賀説。宇宙人は数百万年前に地球人と枝分かれした存在である。どっちが先かはわからないが、たぶん、太陽系外のどこかの星で繁栄していた人間の一部が、地球に降り立って繁栄したのが現在の地球人類である。これで見た目が似ている問題は解決する。今回なぜこの宇宙人が地球に来たかというと、生まれ育った星の文明が頂点に達し、進化の兆しが見られなくなったので、ずっと昔に蒔いた種を回収するべく、地球に降り立ってその様子を観察し、自星の文化に新たな刺激を与えるためである。


「その時代設定でいうと、宇宙航行できるくらい高い文明をもった人類が、地球に来たとたん原始人化したことになるからおかしいし、残念ながらこいつは戻る術を持っていないらしいぞ。たぶん0点だな」

「その情報は知らなかったので、アンフェアじゃないですか?」

「それでもダメなものはダメだからね。ま、正解発表を楽しみに待ちなさい。じゃ、次は光平!」

 このゲーム強制参加だったのか。反論するのも面倒くさいので、さっき考えたことをまとめて言うことにする。甲賀の説自体はお粗末だったが、里見の謎クイズに条件を付けた点では高く評価したい。ようするに、なぜこの宇宙人は地球人と同じ姿形をしているのか? そして、なぜ今地球に降り立ったのか? この二点に回答を与えればいいらしい。たぶん里見自身も分かってなかったんじゃなかろうか、という気もするが。


 宇宙人はそんなに遠くないどこかの星、下手したら月とかに住んでいる。天体の条件が地球に類似しているので、結果的に人間型の存在になったが、レントゲンとかで撮像したら、内臓の構成とかは実はまるで違うかもしれない。

 なぜ今までこの宇宙人が地球人類に発見されていなかったかというと、地球人類が十分な観測力を獲得する前に、宇宙人同士は戦争し、それによって月は荒廃し、やむなく地下シェルターに居住せざるを得なかったからだ。ただ、この宇宙人たちは、地球人の存在は認知しており、時々衛星放送を見たりしながら、地球への移住の可能性を検討していた。そうして育てられたのが、こいつだ。

 こいつの母星には、感情があるらしいが、こいつ自身はあまり良く理解していない。つまり、こいつの生まれた星のことを極力学習させないようにして、地球の情報を得る一方で、自星の情報を渡さないように育て、ある程度成長したところで地球におろした。こいつが戻る手段を持っていないのは、宇宙人が自分たちの母星の位置を割り出されないようにするための措置で、体内には実は観測装置が埋め込まれていて、電波的な何かで母星に通信は行っている。

 地球人類与し易し、と判断されたら、宇宙人が大挙して押し寄せるのかもしれないし、地球人類強大なり、と判断されたら友好の申し出が出てくるかもしれない。こんなところか。


「正解に、近い部分が、ありますので、10ポイントは、差し上げられると、思います」

 宇宙人がぎこちない笑みを浮かべて言う。こいつは宇宙人と名乗っていることを除けば、笑えと言われてずっときちんと笑っているし、真面目にこのバカ話にも付き合っている。悪い子ではないんだろうな、と少しだけ思った。


「ふうん。やるじゃん。じゃあ、真打ね!」

 真打(らしい)、里見説。

 この宇宙人ちゃんは、人造人間である。この銀河系には地球人より遥かに高等な知性と文明をもつ異星人が存在し、その異星人同士でちょっとした銀河系連合を作っている。地球人はまだその異星人を発見できてはいないが、最近の宇宙開発とか科学的発展の功績が認められ、異星人間ではそろそろ地球人を銀河系連盟に迎え入れても良いのではないかと考えている。この宇宙人ちゃんはその試金石で、人間を模して造られたので、人間にそっくりなのは当然だし、その星ではこの宇宙人ちゃんは一人ぼっちの存在だったから、名前がなくても良かったのだ。だから我々は、この宇宙人ちゃんを歓待し、地球人の善性を見せつけて、銀河系連合に迎え入れられるべく努力しなくてはならないのです!


 高らかに宣言して(もう少し静かにしてほしい)、里見は宇宙人に向き直った。「どう?」

「難しい、ところです。私が、知らないため、回答、できない、点も、いくつか、あります。でも、そう。私は、一人ぼっち、でした。それに、素敵な、話、なので、20ポイントで、いかが、でしょうか」

 ということは、里見が現時点のトップポイント取得者ということになるな。どうでもいいが。

「ふふっ。じゃ、正解を聞きましょー!」

「そうですね、どこから、お話するのが、良い、でしょうか。みなさんは、私を、宇宙人、と呼びますが、私、自身は、みなさんの、言葉でいうと、地球人に、該当する、存在です」


はあ?


それは言っちゃダメなことになっていた奴だろうが、と甲賀が呟き、全く同感なので、特に何も、付け加えることはなかった。

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