失格勇者の飼い主

8号機

第1話 失格勇者1

「ねえ、ゼクト君」


「なんでしょう、魔王様」


 目の前にはそびえたつ巨大な扉。僕たちはそれが開くのを待っていた。正確には永遠に閉まっていて欲しいと思っているが、それは期待できない。先ほどから鳴りやまない爆発音と振動は、徐々にこちらに迫っている。この城にいるのは全員、コックや掃除係まで選りすぐりの強者たちだが、それでもの進攻を止めることはできないだろう。


「やっぱり無理かなあ」


「はい。正攻法の真向勝負では間違いなくこちらが敗北します」


「むぅ、厳しいなあ」


 僕の背後、玉座に座る少女が拗ねたようにつぶやいた。魔王としての威厳は欠片も感じられない。普段なら容赦なくしかりつけるところだが、今日くらいはいいだろう。おそらく、今日が僕たちの最後の日になるのだから。三百年の歴史を誇る王国だったが、終わりはあっけないものだ。


「しょうがないかと。の戦闘力は今や僕たち四天王に匹敵します。それが四人となるといくら僕と魔王様でも戦力が足りません」


「甘く見過ぎてたかなあ」


「はい、すべてこのゼクトの責任です」


 そうだ。の存在にいち早く気づいていながら放置していたのはこの僕だ。気が付いた時にはすでに手の打ちようが無いくらいこちらの戦力は疲弊していたのだ。


「もう、私は責めてる訳じゃないの。最後くらい昔みたいに話そうよ」


「そんなことより命乞いの算段でもしたらどうですか?僕なら処刑にしてくださってけっこうですよ」


 彼女が大きく息を吸い込み、何か言おうとする気配を感じる。ここまで国を追い詰めた僕のためにまだ怒ってくれるのはとてもうれしい。うれしいがもう時間だ。扉のすぐ外で爆発が起こり、びりびりとした振動が広間を走った。


「魔王様、来ました」


「わかってる。下がっていろゼクト。まずは我が話をする」


 先ほどまでの暖かい声とはまるで違う、魔王としての彼女の声に安堵と少しの寂しさを感じながら、僕は彼女の後ろに下がった。



 そして、重たい音を響かせながら、巨大な扉が開いた。



*



 開いた扉からは黒い煙が流れ込み、焦げ臭い空気が広間に満ちた。そして煙と共に四人の人間が入ってくる。間違いない。彼らが敵国最強の部隊。少数精鋭で戦ってきた僕たちの国の兵士を実力で倒してきた強者たち。露出の低い服装に、木製の細い杖を手に持った女神官。真っ黒い魔女装束に身を包み、杖に腰かけて浮遊する魔法使い。全身を鎧に包み、巨大な槍を携えた戦士。そして光る紋章を右手に刻み、黄金の剣を構えた軽装の青年剣士。このうちの一人、二人が相手ならば勝機もあるだろう。だが団結した四人が相手では僕たち二人の勝率は一桁を下回るだろう。


「異国の勇者よ、よくここまでたどりついた。まずはほめてやろう」


「アンタが魔王か。本当に女だったとは驚いたが……、まあいいや。さっさと始めようぜ」


 勇者が剣を振りかぶり、黄金の剣はますますその輝きを強めた。勇者の仲間もそれぞれ武器を構える。交渉の余地すらない。彼らは魔王様を殺すためだけにここに来た。彼女と言葉を交わす必要はないということだろう。ならば、ここからは僕も参加しよう。愛用している黒い金属杖を手に一歩前にでる。


「待て、ゼクト。話し合いは終わっていない」


 魔王様が前に出ようとする僕を手で制した。二人きりの時には見せない、圧倒的な威圧感。魔族であるなら本能的に従わざるを得ない声に、僕の足は止まった。魔王様はまだ話し合いを続ける気でいるのだ。


「なんだよ、俺はアンタと話すことなんてな無いぞ」


「聞いて損の無い話だ。我々魔族は昔より強い者の力で成り立っていた国だ。我はこの国で最強である自負もある。そしてお前たちはこの国の強者を破ってここまで来た。我とお前たちの力量は小さい。そんな我とお前らが戦えば互いに無事では済まないだろう。これは互いにとって大きな損失だ」


「だからなんだって言うんだよ。アンタを倒せば俺たちの勝ちだ」


「国としてはの話だろう。聞くところによるとお前たちは志願して我を倒しに来たわけでは無いと聞く。ここで我を倒せば確かに我が国は滅びる。だがそれは、お前たちの命を懸けるほどのことなのか?」


「当然のことです。私はたとえ私が死んでも神の敵を許すわけにはまいりません」


「俺もだ。王国に忠誠を誓った騎士として、この命はすでに王に捧げている」


 神官と騎士がそろって返す。やはり彼らの説得は不可能だ。


「魔王様、やはり……」


「黙っていろと言った!」


 僕の言葉は途中で止められた。魔王様はまだ説得をあきらめていない。その後の戦闘が不利になろうとも、最後まで説得を続けるつもりなのだろう。別に潔くないとか、あきらめが悪くてみっともないと思っているわけでは無い。僕も可能なら魔王様に生きて欲しい。それこそ自分の命を懸けてでも。だが、魔王様はそれを望んでいないらしい。


「我はお前たちになにも強制はしない。自由になんでもできる権力を与えてやる。我が治める世界の半分をやろう」


 そうだ。魔王様は僕を生き残らせようとしている。そんな無茶な条件を国民が認めるはずがない。自分が失脚してもこの戦いを止めようとしているのだ。


「そんなものいらねえよ。俺は自由が欲しいんだ。権力だの政治だのなんてのは御免だ」


「ならばそうするがよい。衣食住は保証するし普通に過ごせるだけの金は払う。お前たちに危害が及ばないよう契約魔法もかける」


 それは先の提案とは正反対なものだった。何もしなくても生きて行けるようにすると。しかし人間も魔族も同じ。なにもせずに暮らすというのは存外に難しい。この交渉がうまくいくとは思えない。 


「さっきから聞いていればくだらないことばかり、俺たちがそんな言葉に惑わされると思うな!」


 僕の思った通りだ。自らの意思で参加した訳ではないとはいえ、彼らにもここまで来るまでの苦労がある。最初から彼らの頭には戦わないという選択肢は存在しない。

 とわいえ、この会話の時間だけ僕たちの死期が遠のくなら、この交渉も悪くないかもしれない。そのことにもっと早く気付くべきだった。この交渉が終わったらもう戦うしかなくなってしまう。

 そして勇者の口が開く。


「じゃあ、そうしてくれ」


 そういって勇者は、剣を下した。

 その言葉に驚いたのは僕だけでないはずだ。魔王様の顔は僕の位置からは見えないが、勇者以外の三人は皆一様に、信じられないという顔で勇者を見ている。


「おい! どういうことだ」


 鈍い金属音が響く。戦士が槍を捨て、勇者につかみかかっている。


「やめなよ。勇者にも何か考えがあるんだよ」


「それで済む話か!」


 戦士を止めようとした魔法使いに戦士が怒鳴りつける。

 勇者の発言は爆弾だった。勇者の一行は意見を完全に統一しているわけではなかった。いや、正確には彼らの目標に対する意識の温度差があったということだろう。

 パチンと、乾いた音がなった。神官が手を合わせている。今のは神官が手を鳴らした音だ。


「みなさん、落ち着いてください。今ここで仲間割れしている場合ではありません。私たちは一度、話し合うことが必要です」


 神官の静かな言葉に場が静まりかえる。戦士も勇者から手を放した。魔法使いは杖から地面に降りた。おそらく、彼女が今までこのパーティーをまとめて来たのだろう。


「この話を一度受けましょう」


「お前までそんなことをいうのか?」


 戦士が神官の発言に反発するが、先ほどまでより落ち着いていた。そして神官はパーティーメンバーを見渡して言った。


「このままどちらに転んでもうまくいくように考えています。いいですね?」


 神官と戦士の視線が交錯する。そして先に目をそらしたのは戦士の方だった。


「あなたも、それでいいですね」


 勇者は無言でうなづいた。


「話はまとまったな? ゼクト、紙とインクを持ってこい。これより契約を行う」


 魔王様の命令でようやく我に返った。僕はインクを持ってくるため、慌てて部屋から出た。





 それからのことはよく覚えていない。意識があるのか無いのか、紙とインクはたぶんちゃんと持ってきたはずだ。そして気づいた時には再び広間には最初と同じ、魔王様と僕だけが残されていた。


「よかった。ゼクト君が無事で」


 彼女はいつもの僕と話すときの穏やかな口調で、微笑みながら言った。やはり彼女は強い。


「そんなに良くもないですよ。この後が大変です」


「もう、どうしてゼクト君は素直にほめてくれないかな」


「魔王様を手放しで称賛するのが僕の仕事ではありませんから」


 嘘だった。本当は両手をあげて喜びたいくらいだった。僕が素直に喜べないのは、たぶん僕の力で彼女を守れなかったからだろう。彼女は自分の力で助かり、ついでに僕まで救ってくれた。


「魔王様、今日はもう休みましょう」


「そうね。私も今日は疲れたかな」


 そして、僕は明日からどうするか考えよう。少しでも彼女の力になりたい。そして喜ぶのはすべてが終わってから。それはネガティブ思考な僕の癖のようなものだった。

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