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それでも世界が続くなら

 2018年9月2日、「それでも世界が続くなら」というバンドが活動を中止した。

 私がそれせかを最初に知ったのはTwitterでフォローしていた好きなボカロPがニコ動のPVをtweetしていたことがきっかけだった気がする。そのときはちょっと見てからスルーしていたのだけれど、それからしばらくしてYouTubeで水色の反撃を聴いていっきにファンになって、CDも買った。

 あんまりこういうことを軽々しく言いたくはないのだけれど、私はそれでも世界が続くならに、自分の内面を曝け出す音楽と勢いに、確かに救われていたと思う。
 はじめてライブに行った日のことを覚えている。その日、私はライブを楽しみにしていたのだが、急に深い憂鬱に襲われ、本当にもうだめだと思った。憂鬱にかられた理由は正直いまもよくわからないのだけれど、ただ成果が出ないことや継続したストレスや将来の不安とかまあそういうものがふと爆発してしまったのだと思う。兎も角、私はもう自分はだめだと強く思ったし、それでこれ以上がんばることは、これまでどおりやっていくことは無理だと思った。だからライブに行くのも精神的にしんどかったのだけれどライブハウスに行った。

 札幌初のワンマンは思ったよりも人が少なくて意外だった記憶がある(当時は札幌に住んでいた)。しのさんが全力でやるからアンコールはしないみたいなことを言って、本当にアンコールなしで終わって、だけど全力で歌ってて全力で聴いていたからそれでいいなと思った。確か聴いてて何度か泣きそうになった。
 ライブが終わった後、もう辞めるしかないみたいな強迫的な憂鬱はなくなっていた。なんか生きててもいい気がしたし、だめでもいい気がした。
 
 それから私は結局死ぬことも辞めることもなく、私みたいな人間にとっては充分すぎるほどの結果を手にして、生きている。別に幸福でもないし、つらいことも悲しいこともあるし、嫌な思いもするし、憂鬱にもなるけど生きている。
 思い返すと、あの日のライブは私の一つの転換点だったような気がする。もしかしたらそれせかのライブなんかなくったって私は今と同じように暮らしているかもしれない。もしかしたらもっとだめになっているかもしれない。それはわからない。ただ確かなのはあのとき私は救われたと思ったことだ。

 それからも辛いときに、それでも世界が続くならの音楽を聴いたし、インターネットライブも本当にありがたかったし、せっかく地方を回っているのにメンバーでひたすらゲームやっているし、みんなが買いやすいようにってインディーズ時代のアルバムをメジャーに譲って再版しちゃうし、レーベルなしで著作権放棄しちゃうし、そういう色んなところがあって、私は本当にそれでも世界が続くならというバンドが好きだ。

 だけど今日、それでも世界が続くならは活動を中止する。夜のライブはチケットが売切れてて買えなかったが、昼公演には行ってきた。よかった。月並みな言葉を使うと感動した。だけどやっぱりさみしいし、それはつまり悲しいってことだ。終わってほしくないなとも思った。

 私はとうぶん死ぬ予定もないし、だから生きているし、これからも好きな音楽を聴いたりもするだろう。それでも世界が続くならの音楽も聴くだろう。けれどもしかしたら将来、私はそれでも世界が続くならの音楽を聴かなくなるかもしれない。CDを処分する日が来るかもしれない。それせかの名前を忘れる日が来るかもしれない。きっと来るのだろう。たとえば私が老人になって右も左もわからなくなったときとか。私は永遠じゃないから。
 だけど、私がそれでも世界が続くならを好きだったこと、その音楽に救われたことは事実として残る。そして今、私がそれでも世界が続くならを好きであることは確かだ。だからいつまで残るかわからないが、せめてこのインターネットに文章として残しておこうと思う。

 さよなら。また会おう。
 
 
 
 

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