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歌枕の浅き夢・9 作中和歌解説

https://kakuyomu.jp/works/16817139556526915372/episodes/16817330656774409405

花鳥風齧 弘徽殿の悪役令嬢編 歌枕の浅き夢・9更新しました。
犬君ちゃんはもうおしまい!からの挽回なるか!?

vs梨壺編は実は七夕なので最初は唐服っぽく描写し始めたのですが、唐服は結構体の線わかるんじゃない??と思っていつもの平安装束に戻しました。
拡張幻実も平安時代風の服と建物でご想像ください。

さて、和歌解説です。


◆文語和歌ver◆
居れど臥せどさざれさざめくここちすれ
畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも

◆現代語短歌ver◆
四六時中ざらりざわめく気持ちです
恐ろしい人に恋をしたかも

◆現代語訳◆
寝ても覚めても小石が擦れるように胸がざわめく心地がする。恐ろしい人に恋をしたかもしれない。

・さざれ=さざれ石
・さざめく=さんざめく、ざわめく
・畏き=畏怖すべき、恐れ多い
前回にも書きましたが、これは「岩」を受けて万葉集の「伊勢の海の磯もとどろに寄する波 畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも(伊勢の海の磯に轟き打ち寄せる波よ 恐れ多いあなたにずっと恋をしています)」という歌の本歌取りをしているので、「かしこき」と読むのが正しいのですが、前回ラストではセリフらしく見えるようにあえて「おそろしき」と言わせてます。


◆文語和歌ver◆
青糸はなぞ機織らむ
撚り乱る髪を小櫛に掛く手のなくば

◆現代語短歌ver◆
この髪でどうして機が織れましょう
梳いてくださる指が無いなら

◆現代語訳◆
青い絹糸のようなこの髪で、どうして機が織れましょうか。糸が撚れるようにあなたに抱かれて乱れたこの髪を小櫛に掛けてといてくださるその手が無いなら。

・青糸=艶々して青みがかった美しい黒髪を絹糸に喩えた漢語的表現

万葉集2011・播磨娘子の『君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる 黄楊の小櫛を取らむとも思はず』(あなたがいないならどうしてお洒落をする気になれましょう。箱の中から黄楊の櫛を取る気にもなれません)の本歌取り。


◆文語和歌ver◆
明けぬれど《見ても見ても》見れど飽かざる《見るに飽きない》わが妹よ《恋人よ》
皓皓河漢は《輝く川は》落つる涙か《僕の涙か》

◆現代語短歌ver◆
見ても見ても見るに飽きない恋人よ
輝く川は僕の涙か

◆現代語訳◆
夜は明けたというのに見れば見るほど見飽きない恋人よ、白く輝く天の川は僕の流す涙だろうか。

本歌は柿本人麻呂歌集の「朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ((朝月のは日向の枕詞)(日向の名産の)黄楊櫛のように私たちはもう古くから連れ添った仲だが、どうしてだろうね、君のことはどれほど見ても見飽きないのだ)」。
「皓皓河漢(白く輝く大河)~」から始まる下の句はほぼほぼ二話前の話で犬君が引用した漢詩そのままのオマージュです。
梨壺は強引だしちょっと人から向けられる好悪の認知が歪んでいるけど人の話は聞いているんですよ、一応……一応……。


【文語和歌ver】
月の舟はあかるき間にもさまよへば
かくな抱きそ身も空けくらむ

【現代語訳短歌ver】
恋し身はまるで昼にも惑う月
もう抱かないで こんなふうには

【現代語訳】
七夕の月は明るくなってもさまよう舟なので、こんなふうに私を抱かないでください。この身体の奥までぽっかりと空いたままになりますから。

・かく=こんなふうに
・な〜そ=〜するな
・身も空け=身体も穴が空く
・らむ=だろう

……ハイ。見ての通りの意味の歌なので、ルビの現代語verは直訳があんまりにもあんまりすぎて、だいぶだいぶ!誤訳レベルでおとなしいです。そりゃ弘徽殿も破廉恥だと怒ります(別に歌が破廉恥だから怒ったわけではないんですが)。

「もっと欲しくなって身体に穴が空いたような感覚になって、夕方から待ちきれずにぼんやり出てきてしまう月のように昼間からぼんやりあなたが欲しくなってしまう。だから、お願い。こんな風には抱かないで」っていうドスケベ和歌(のつもりでした)。

太陰暦は月の満ち欠けと連動しているので、七夕、七日の月は必ず夕方早くに出始めて朝早くには消えてしまう上弦の月です。まだ暗くなってもいないのにぼんやりと出てきてしまう上弦の月を、昼間から恋人に逢うことばかり考えてぼうっとしてしまう様子になぞらえた歌。
なお、よく歌に詠まれる「有明の月」は逆に、朝になったけど未練がましくて帰れない・離れられない気持ちをなぞらえることが多く、これは月齢15から29くらい(太陰暦では月下旬)の日の歌になります。
このあたりの月齢と出ている時間と太陰暦の日付と、和歌に出てくる月の比喩の話は、「有明の月 時間」で検索すると理科の先生が解説してるおもしろい記事があるのでオススメです。

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