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たまたま思いついたので……

たまたま気が向いたので、小説とはいかなくても、ちょっとした恋愛のお話をのせておきます。
題名は「火遊び」。


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 男女の間に友情はない。
 そうだ、その通り。確かに同意できる。だって、アタシもそうだったから。

「あぁあ、だりぃ……」
 隣で酒を煽る彼。
 ちなみに、高校から大学、そして社会人になった今でもよく遊ぶ大親友。付き合いは高校から。

 思春期で、異性の友達なんていないような時期に親しくなった彼とは、お互いの家を行き来したり、酒が強かったアタシたちだけで飲み直すときとかによく宅飲みしてた仲。

 そしてよく言われた。
 『あの二人だけは本当の友情だ』ってね。

 今思えば確かにそうなんだと思う。お互いに恋人の愚痴言ったり、ダブルデートとか楽しんじゃった仲だし。

 もともと、あんまり恋愛に関心がないアタシに男を紹介したのも彼だったし。
 だからこそ、なんでも、いわば家族にでさえも言えないことをベラベラと、心おきなく話せる仲だった。

 彼はまだまだ飲み足りないようで、ぐびーっと缶を傾ける。
 アタシは明日用があるから、今日が花金だろうがあんまりハメを外すことはできない。普通なら。

 でも、アタシも同じように酒を煽る。
 しょせんやけ酒ってやつ。こうしてハメを外せるのも、きっと最後になるんだろうから。

「最後の晩餐だなー、これが」
「独身前、でしょ」
 アタシがツッコむと、そうだなーと言いながら彼が笑う。

『結婚するんだわ。おれ』
 その言葉を聞いたのは、今から約数か月前のこと。
『え? 結婚? お前が?』
『んだよー、そんなに驚くか?』
『えぇ、で、相手は誰なの?』
 驚きモードを切り替えて質問すると、彼は苦笑いした。
『社長令嬢。金持ちさまさまってやつ』
『うっわー、出た出た樹の金持ち自慢。はいはい、どうせアタシは庶民ですよーだ』

 胸の痛みに気づかないふりをしながら、アタシはそう言って笑った。
 隣でまだまだ缶を傾ける彼――樹と、アタシとの間に友情があると言ったのは誰だろう。
 アタシが、なんとも思っていない男を家に招くとでも思っているのだろうか。
 苦しい思いを、していないとでも?

 男女の間に友情はない。
 もっともな意見だと思う。現にアタシは、こうして叶わない恋をしてるんだから。

 次期社長として育てられた人が、お偉いさんの娘と結婚する、だなんてドラマの中だけだと思われているけれど、樹いわくそんなに珍しいことじゃないみたい。
 どうせなら、珍しい方がよかった。
 それなら、アタシには到底太刀打ちできない、って言い訳がつけるのに。

 そんなこと、樹が許してくれるはずないんだけどね。

「……佳奈? どうした、考え事?」
「え? あぁ、ごめんごめん。ちょっとね」

 結婚報告を受けた日から数ヶ月。
 樹の結婚式は、段々と近づいてくる。色濃く、そして虚しくも。

 カチカチ、と時計の針が鳴るたびに段々とその日が目前に迫ってくる。樹の結婚式は明日。
 アタシも出ることになっている。

「……アンタも旦那になるのね」
「……そう考えると、時の流れって早いな。意外に」
「昔はもっとヘタレだったのに、あの高二の夏休みのこと、覚えてる?」
 ソファに座り直しながら言うと、彼も「覚えてるよ」と言って笑った。

 スリルを求めていたアタシたちは、親に内緒で花火を買って、数人で花火をした。そのあとに、火が森に燃え移ってそこだけ焼けてしまったのだけれど。
 今となっては、伝説で、いい思い出だ。

「そのときにアイツが……」
「あぁ! 確かあれって高田だったよね」
「そうそう! んで……」

 そこから、アタシたちは昔話に花を咲かせた。
 今思えば、あの頃が一番楽しかった。なにも知らず、無垢で、ただただ彼のことを好きだったあの頃が。

 一番綺麗で、爽やかで、美しかった。

 でも今は違う。
 アタシはきっと、彼のことを隣に止めておくことは出来ない。
 アタシは彼にとって、ただの友達なのだから。

「……そろそろ寝る? 明日結婚式でしょ」
「あぁ、そうだな……」
 そう言いながら、彼は立とうとしない。
 アタシは知らないふりをして、テーブルの上の、残骸を片付けはじめた。あぁ、こんなに散らかってる。掃除大変だわ。

「佳奈」
 彼の声が、いつもと違った。

「んー?」
 あえて知らないふりをした。

「好きだったよ、ずっと」
 あけすけとした口調だった。軽すぎて、それが告白だったと気づくのに数秒を要したくらいには。

 そしてまた、アタシも軽く返した。

「アタシも好きだったよ、ずっと」
 友情はない。確かにそうだ。
 でもきっと、それの先には友情は存在するんだと、今になっては思う。

 夜のうちに眠りについた。狭いベッドと、小さい布団で。おやすみ、とお互いに声をかけて、電気を消した。
 彼はなにもしてこなかった。ただ今は、それがひどく安心した。

 翌朝になって、アタシたちはなにもなかったように支度をした。
 新婦は、他の女のところに自分の旦那が泊まっていたと分かったら、どんな気持ちになるんだろう。
 アタシだったら、絶交だけどなぁ……。

「佳奈、そろそろ行かないと」
「え、マジ? もうそんな時間?」
 慌てて時計を確認すると、確かにもうそんな時間。

 バッグを手にとって、彼と一緒に家を出る。
 奇妙な関係だと思う。想いあっているけれど、恋人でも夫婦でもない。友達でもない。アタシたちの関係は、本当に滑稽だ。



 ――でも、それでいい。

 愛していると呟いた声が、チャペルの音で消されても。
 白いウエディングドレスに身を包んだ新婦が登場するであろう扉を、本当に優しいまなざしで見つめる彼のことを目の当たりにしても。

 アタシたちが親友であることに変わりはないのだから。

『えぇ、マジ? おめでとう、樹』
『お、ありがとう。佳奈』
 今になっては褒めてあげたい。
 結婚報告をされたとき、しっかりとおめでとうと言ってあげられたアタシを。樹の表情に気づかないふりをした自分を。


 ――新婦、入場です。
 アナウンスが鳴る。
 アタシは目を伏せ、誰にも気づかれないようにスマートフォンの上に指を滑らせた。

 彼のスマホは、今、きっと彼の鞄のなかにあるだろう。
 アタシは短い言葉を打った。

〝ありがとう、樹〟

 その言葉を送ろうとしたが、送らず、そのままにしておいた。幸せになってくれればいいんだから。

 そして、アタシは樹の連絡先を消した。
 新郎新婦が幸せそうに微笑むなか、アタシは後ろのステンドグラスに目を向けた。息を呑むほど美しく、その大きさに圧倒される。

 この恋を、終わらせよう。
 火遊びは、高二の夏でもうとっくに終わったのだから。

 少し遅れて拍手をしながら、アタシは優しげに微笑む聖母を見上げた。




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