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KAC20229

「猫の手を借りた結果」

Q.忙しくもないのに猫の手を借りたがった男は、猫の手を借りて満足した。いったいどういうことだろうか?




「ねえ、もうすぐ閉店でしょ。上がったら飲みに行こうよ。俺、奢るからさ」
 古本屋のカウンターに身体をもたれかけて、男は行った。カウンターの中には、迷惑そうな顔をした女性店員が一人きり。店内には他の客はおらず、店長は奥に引っ込んでいて、出てくる様子はない。頼れる相手がいない店員は、弱々しく「その……結構です……」と言うしかできなかった。

 それを聞いた男は、自然な仕草でポケットからナイフを取り出す。それを見た店員はびくりと震えて、動けなくなる。男は低い声で言う。「お姉さんさあ、怪我したくないでしょ。ねえ、とりあえず連絡先だけ教えてよ。ラインのIDでいいや。スマホくらい持ってるでしょ」
店員は恐怖のあまり、声も出せない。ナイフが首元に近づけられる。怖い。嫌だ。どうしよう。

 と、店内に放し飼いにされている猫が、カウンターに乗ってきた。そして、ナイフが気になるのか、男の手元に近寄ってくる。男がナイフを猫に向けた瞬間、猫の手が素早く動き、男が呻き声を上げた。猫が男を引っ掻いたのだ。ナイフが首元から離れた瞬間、店員は我に返って店の奥に走って、大声で助けを呼んだ。


 10分後。店頭に来た警察官がきたが、男は既に店内から姿を消していた。店員に対して事情の聞き取りをしたが、男とはほとんど面識がないという。何度かは店内で見かけたかもしれないが、素性はわからないのだった。

「まずは、またそいつが店に現れたら、すぐに通報してくださいね。ただ、店の外なんかで待ち伏せされるのが心配ですよね……。私どもでも捜査はしようと思います。ただ、物的証拠がないと……」

 それを聞いて、店員は猫が男を引っ掻いたことを思い出した。
「なるほど。じゃあ、その組織を取れば、DNA鑑定ができますね。物的証拠になります! それでは、その猫ちゃんの手を少しお借りできますか?」

 その後、警察は店近郊にいる男を片っ端から補導、DNA鑑定のためほほの内側を拭わせてください、とお願いを聞いた瞬間逃げ出そうとした男を逮捕した。

 後に店員は、「猫の手を借りていい結果になることって、あるんですねえ」としみじみと語った。



 A.男は警察官。犯罪者を引っ掻いた猫がいることを知り、その手から皮膚組織が入手できると考え、猫の手を借りてそこから組織を採取しようとしたのだった。

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